ぬいぐるみ職人の見習い リコ

くれは

素敵なぬいぐるみ

 リコはぬいぐるみ職人の見習いでした。

 三年前から、リコはお師匠さんの元でぬいぐるみ作りを勉強しています。


 お師匠さんが作るぬいぐるみは、ぬいぐるみと言っても普通の布と綿で作る普通のぬいぐるみではありません。


 例えば、朝露の雫を集めてそれを雨上がりに綺麗に出来上がった蜘蛛の糸で縫い合わせて作ったのは、透き通るようにきらきらと輝く魚のぬいぐるみでした。

 あるときは、ベルベットのような夜空の空気をきらきらと輝く星の光の糸で縫い合わせて、黒猫のぬいぐるみを作りました。


 お師匠さんは無口な男の人でした。背が高く、手も大きいのですが、その大きい手が、繊細なぬいぐるみを形作ってゆく様子は、とても見事でした。

 それでリコは、いつかはお師匠さんのように自分も素敵なぬいぐるみを作るのだと思っていました。


 今のリコの仕事は、ぬいぐるみに詰めるために、白いふかふかの雲や、煙突から出るお菓子を焼いている甘い煙や、しっとりと柔らかな朝靄を集めたりすることです。

 最近は、布や糸の準備を手伝うこともありました。

 こないだは、うさぎのぬいぐるみの目のために、お師匠さんと一緒に夕陽を取ってきたりもしたのです。


 そして、お師匠さんがぬいぐるみを作った後の端切れ布や残りの糸で、自分で小さなぬいぐるみを作って、ぬいぐるみ作りの練習をしていました。




 ある日、お師匠さんのところにお客様がいらっしゃいました。

 その人は、きちんとした身なりの男の人でした。


 お師匠さんはいつも、お客様とゆっくりお話して、どのようなぬいぐるみが欲しいのか、どのようなぬいぐるみを作るのかを聞きます。

 その時のリコの仕事は、お客様にお出しするお茶を用意して運ぶことだけでした。


 今日もいつものようにお茶を運んで、お辞儀をして部屋を出ようとすると、お師匠さんがリコを引き止めました。

 そして、お師匠さんはリコを自分の隣に座らせました。


 リコはぱちくりと瞬きをして、言われた通りにお師匠さんの隣に座りました。

 そして、お師匠さんと一緒にお客様のお話を聞くことになりました。


 お客様は結婚をしておいででした。そして、もうじき赤ちゃんが生まれるのだそうです。

 その赤ちゃんの最初のお友達になるぬいぐるみを作って欲しい。

 それがお客様のご要望でした。


 普段は無口でほとんど喋らないお師匠さんが、お客様に他の希望を聞きます。

 どんな生き物がよろしいですか。色はいかがしましょうか。素材の希望はございますか。

 お客様はしばらく黙って考えていらっしゃいましたが、やがて、ゆっくりと頷きました。


 赤ちゃんが抱えて、よく眠り、健やかに育つ。そんなぬいぐるみが良いです。


 リコは難しい注文だな、と思いました。

 お客様の希望というのは、もっと具体的なものだと思っていたのです。

 例えば猫が良いとか、犬が良いとか。あるいは白が良いとか、黒が良いとか。


 だというのに、お師匠さんは「わかりました」と言って、頷きました。

 やっぱりお師匠さんはすごいのだ、とリコは考えました。

 こんな注文から、きっとぴったりの、素敵なぬいぐるみができるのでしょう。

 それは一体どんなぬいぐるみでしょうか。

 そのことを思うと、リコもぬいぐるみの出来上がりが楽しみになってきました。


 さて、お客様がお帰りになった後、お師匠さんはリコに言いました。


「今度の注文は、君が作りなさい、リコ。もちろん、僕も手伝うから」


 リコは驚きすぎて、口をぽかんと開けたまま、返事ができませんでした。


 それは、リコが初めてちゃんと作るぬいぐるみなのでした。




 どんなぬいぐるみを作れば良いのか、リコは悩みました。

 お師匠さんに聞いても、それはリコが考えなければいけない、と言われました。


 ですからリコは、赤ちゃんのために考えました。

 何を見ても、考えるのはぬいぐるみのことばかり。


 心地よいそよ風が森の木の葉を揺らしています。それでリコは、心地よいそよ風を集めてみました。

 雨の雫はどうだろう、でも、と悩んでいる間に雨があがってしまい、空には虹がかかりました。それで慌てて虹を集めました。

 静かな夜には、きっと眠るのに心地良い素材があるに違いないと、外に出ました。

 そこで見つけたのは、細い細い二日月。その光を紡いで糸にしました。

 中に詰める綿は、やっぱり白いふかふかの雲でしょうか。でも、それでは足りないとリコは考えました。

 それでリコは、お鍋でミルクを温めました。もちろん、砂糖も入れて甘くします。

 そうやって焦げないように弱火でじっくりと温める、その暖かな空気を集めて綿にしました。これなら赤ちゃんにぴったりじゃないだろうか、とリコは満足して微笑みました。

 出来上がった甘いホットミルクは自分で飲みました。


 集まった素材をお師匠さんに見せれば、お師匠さんは目を細めました。


「素敵な素材が集まったね。けれどリコ、この材料で、一体何を作るかは決まったのかな?」


 それについても、リコは一つ思いついたことがありました。


「はい。赤ちゃんのために子守唄を歌う、鳥のぬいぐるみにしようと思うのです」


 お師匠さんはゆっくりと頷きました。

 リコはほっとして、笑いました。


 そこからリコはぬいぐるみを作りはじめました。

 そよ風の布は、森の木々の間を通り抜けていたので、木漏れ日と混ざった緑色でした。

 虹色の風は風切羽根です。羽ばたく姿はきっと、空に虹をかけるように見えるでしょう。

 落ち着いて眠れるようにと集めた二日月の光の糸でそれらを縫い合わせます。これでこの鳥は、静かな夜のための子守唄を歌うことができるでしょう。

 最後に甘いホットミルクのにおいの綿を詰めて、リコのぬいぐるみは完成しました。


 もちろん、作業の途中途中でお師匠さんが見てくれて、うまくいかない部分は助けてもらったので、リコ一人で全部作った訳ではありません。

 けれど、ぬいぐるみ職人としてのリコの、初めてのぬいぐるみが出来上がったのです。




 受け取りにいらっしゃったお客様は、リコが作ったぬいぐるみを見て、嬉しそうに笑いました。

 そして、お代を支払うとお礼を言って、ぬいぐるみを抱えて帰ってゆきました。


 お師匠さんはリコを見下ろして「お疲れ様」と言いました。


 リコが一人前のぬいぐるみ職人になるまで、きっともうすぐでしょう。




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