第16話 好み
短い眠りから覚めて、朝の日差しとともに怖さもどこかへ。
家族と自分に起こった怪異はしばらく引きずったけれど――寝る前に、ふとした時に、自分はまだ憑かれていて、これは現実ではないのでは? とか。そんなことを考えると、アレがまだいて這い寄ってくるようで。
でも樒さんの祓いを思い出すことで、怖い方向へ進む思考の連鎖は途切れた。自分自身、あの祓いをする姿を美化しているのはわかっている。でも、何者にも侵害されない強さ、美しさ、そう神聖視して頼らないと、這い寄ってくるアレにまた取り込まれてしまいそうで。
……このバイトで樒さんに会ったのが、だいぶ立ち直ってからでよかった。あれはあれで、強い(?)のでスカッとしていいんだけど。
寝起きはいい方なんだが、やっぱり少し眠り足りないと思いつつ大学へ、だいぶ眠くなりながらも講義を終える。
金の心配がなく、余裕があった時の方が不真面目だったなと思いながら、校内を歩く。駅は近いのだけど、少し遠回りして買い物をしていこう。
明日と明後日は事務所で昼を作る日だし、真面目にメニューを考えて買い物しないと。でも、安かったり物がよかったりすると買っちゃうんだよな。とりあえず、見て考えよう。
講義より真面目に考えながら、買い物し、買ったものを抱えて帰る。
「戻りました」
「ああ」
事務所にいた樒さんに声をかけ、作業場の台所へ。手を洗って、とりあえず冷蔵庫に入れるものを入れて、自室で自分のことをする。
今日はバイトの日ではないので、事務所や作業場に詰める必要はない。なんとなく働かなくちゃいけない気分にはなるのだけれど、作業場ならともかく、事務所にいる必要はないと言われている。
いつ昨夜のように臨時の仕事が入るのかわからないし、課題をさっさと進めて終わらせておこう。おこう――と、思ったのだが眠い! ちょっと仮眠!
……ちょっとで済まなかった仮眠から覚めて、台所で夕食。俺が頼まれているのはバイトの日の昼なので、朝と夜は一人だ。もう面倒なのでサバ缶丼で。
ご飯にサバの水煮缶を乗せて、臭み消しにレモン汁をかける。薬味は胡麻と茗荷と大葉と、とにかくたっぷり。親父はサバ缶の汁もかけるけど、俺はかけない方が好き。醤油をかけ回していただきます。
行儀が悪い飯っぽいけど、薬味がちゃんとした飯だと主張してくれる。あっという間に食べ終え、洗い物をして茶を飲む。
風呂に入って、課題の続き。
本当は作業場で木をいじりたい気持ちもあるんだけど、作業場はカーテンがない。少し歪んだ古いガラスの入った木枠の大きな窓。外が暗くなると、自分の顔がガラスに映る。
朝には綺麗さっぱり昨日のことを忘れていたんだけど、夜はどうもダメ。外の暗い夜が、アレらと一緒にガラスから滲んで入ってきそう。
さすが雰囲気重視で造られている事務所と作業場、昨夜の経験後は俺もちょっと怖いです。俺の部屋はカーテンもあるし、床も木だけどライト系の色だし普通なんだけど。
翌日は朝食前から箱作り。休みの日は特に早起きが苦にならないタイプです。いや、バイトの日といえばバイトの日なんだけど。
朝飯を食べて、昼食の仕込みをして、また箱に没頭。時間を忘れがちなので、アラームのセットは必須。
板に底板をはめる溝を掘る。電動のトリマーで作業をすれば手軽なんだけど、俺は手作業。
手作業の理由は単純に好きだから。電動の道具は便利だけど、俺が聞きたい木を削る音は断然こっち。幸い量産は求められていないので、丁寧に。
まだ依頼の頻度を把握していないんだけど、話を聞く限りはのんびりだ。……量産を求められる状況になったら怖いな?
そして昼。
「どうぞ」
さあどうだ?
樒さんの口に合うのか合わないのか、何が好みなのか。手探り状態で昼を任されているので、なんだか勝負を挑んでいるような気分になる。いただきますと、箸を持つ樒さんをうかがいながら、少々緊張。
本日は白舞茸、明太子、生姜を入れて炊いたおこわ。炊き上がりに一旦舞茸を取り除き、明太子と餅米を混ぜてよそい、白舞茸を上に載せて、小ネギを彩に散らした。
「混ぜご飯、いやおこわか。美味しそうだ」
よし、印象は悪くない様子。
メインのおかずはカツオのたたき。柵で安く売っていたカツオの表面を焼き、玉ねぎのスライスと甘酸っぱい生姜醤油ダレで食べる。カツオは匂いが気になる人もいるし、先に夕食で使わせてもらったけど薬味たっぷり。
もやしの中華風サラダ、味噌汁、既製品の漬物。デザートは駅に出ていた出張販売の水羊羹。さあ、勝負!
結果は水羊羹に軍配。
もしかして樒さんは甘いものが好きなんだろうか? いや、焼き菓子とかいただいても食べてないし、和菓子か? みたらし団子も食べてたし。
水羊羹は、練り羊羹よりも寒天の量が減らしてあって、水分量が多いもの。甘さ控えめなものが多く、買ってきた水羊羹もさっぱりした味わい。少し冷やして食べるとつるんと美味しい。
美味しいけど!
「おこわも美味しかった」
餡子を炊くことを学習しなくちゃいけないかと心の中で迷走していたけど、お茶を飲む樒さんに言われ浮上。
昼飯作りのはずが、危なく和菓子職人に進みそうだった。
現実主義者の祓い屋稼業 じゃがバター @takikotarou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。現実主義者の祓い屋稼業の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます