好むと好まざると(天使と悪魔extra)
奈月沙耶
好むと好まざると
「お母さん……」
学校帰り、いつものようにロータスの奥のテーブルにランドセルを置いた花梨が、おそるおそる近付いてきた。
「うん?」
おやつを準備していた美登利は首を傾げて娘を見やる。らしくもなく何か言いにくそうにしているので、カウンターから出て花梨のそばに行った。
「どうしたの?」
「あのね……」
カウンター席の今日子と和美もスツールを回転させて花梨を見守る。
「これ、もらったの」
花梨がずいっと差し出したのは、くまのぬいぐるみだった。手乗りサイズでパステルカラーな薄茶色。つぶらな瞳が愛らしい。
そして、ピンク色のサテンのワンピースを身に纏っていた。純白のレース襟にパフ袖の袖口にもボリュームのあるフリルがついていて、
「めっちゃデコラティブ」
思わずつぶやいた和美の隣で今日子も無表情になっている。
花梨はこういうごてごてしたお姫様趣味全開なアイテムは好きじゃないはずだ。
「誰に?」
「こはるちゃん」
この頃よく花梨と一緒に行動しているクラスメートだ。
「おそろいで、こはるちゃんのは赤い服なんだって。ピンクは花梨ちゃんが持っててって言われた。毎日夜一緒に寝てねって」
「重いな」
「重いですね」
子どもの前で率直な感想を漏らす友人ふたりに苦笑して、美登利はゆっくりと娘の肩に手を回した。
さっぱりした性格で誰からも好かれる花梨はクラスの全員と仲がいい。特定の誰かといつも一緒にいるよりも大人数でわいわいする方が好きなのだ。
ところがこはるちゃんは異なるようで、「花梨ちゃんとふたりで遊びたい」と言うのだそうだ。花梨が他の子と仲良くしていると不機嫌になったりする。
じっとりした関係を受け付けられない花梨は、こはるちゃんのことが負担で少々悩んでもいるのだ。
「プレゼントは気持ちだから。気持ちをありがとうって笑顔で受け取ったならいいんだよ」
「うん、ありがとうって言っておいた」
素直に頷く花梨に美登利は微笑む。
「ならいいじゃない? あとはしまいこんじゃって」
「飾っておくのもストレスでしょうし」
母の友人たちはドライに言い切るけれど、花梨は不安そうに眉根を寄せた。
「でもきっと訊かれるよ? 一緒に寝た? って。わたし嘘つきたくないから正直に答えちゃう、こはるちゃん泣いちゃうと思う」
「メンドクサイな」
「メンドクサイですね」
「でも友だちだし」
「そうだよねぇ」
ちょっと考えて和美は提案した。
「とりあえず、今晩だけは抱いて眠れば? 一度でも実行した事実があれ強気になれるから」
「そうですね、それで譲歩したことにもなりますし。あとは相手の出方を見ながら臨機応変にで」
「そっか」
のらりくらりの処世術を理解したとも思えないが、花梨はとりあえず今夜どうすればいいのかが決まってほっとしたようだった。
「話が終わったならチャイブ買って来てくれ」
いつのまにかカウンター内でごそごそしていた琢磨に頼まれ、美登利は「はーい」と返事をする。
「わたしも行く!」
明るく声をあげて花梨が母親の腰に抱き着く。
手をつないで店を出て行く母娘を見送ってから和美は置いてけぼりにされたかのようなくまのぬいぐるみに目を向けた。頭の大きなピンク色のリボンをつつく。
「メンドクサくなってくる年頃なんだね」
「どうせ一時のことですよ。すぐにターゲットが変わりますよ」
「だね。それまでうまく乗り切ってくれるよね」
返事がないので隣を見ると、今日子はぬいぐるみを見てシニカルな薄笑いを浮かべている。
「なに、その笑い」
「いえ。花梨ちゃんと同じくらいの頃、一ノ瀬くんが美登利さんにこういうくまのぬいぐるみをプレゼントしてたな、と」
「ええー、美登利さんの好みくらい把握してたはずだよね?」
「いろいろ迷走してた時期ですから、ライバルがやりそうなことを敢えてやってみたとか」
「澤村くん?」
カップを持ち上げて今日子は目だけで返事する。和美はからから笑った。
「澤村くんならスマートにチョコレートも一緒にくれそう。で? 美登利さんは一ノ瀬くんから受け取ったの? くま」
「それはもう完璧な笑顔で。その後どうしたか知りませんけど」
「意外に乙女なところがあるからな。大事に持ってたりするのかな」
「どうでしょう」
そこでランドセルを背負った和樹が入って来たので、ふたりはいったん口を噤み、
「おかえりー」
笑顔で彼を出迎えた。
後日、ぬいぐるみの行方について尋ねると。
「わたしのベッドにいるよ」
初日の夜、抱いて寝るにしてもひらひらの布地が邪魔で、頭のリボンも一緒にワンピースをぬいぐるみからひっぺがしてしまった。
ごてごてな装飾がなくなったくまはすっきりと可愛らしく、お腹のもこもこな手触りも気に入った。なのでずっと一緒に寝ている、と。
「ちなみに丸裸にしちゃったことはこはるちゃんには……」
「言ってないよー」
愛らしく明るく笑う花梨はやっぱり美登利の娘なのだとつくづく感じる。
気に入らない贈り物を自分の許容範囲内にカスタマイズして受け入れるあたり思い切りがよく切り替えも早い。
「花梨は良い子」
ぎゅうっと花梨を抱きしめる美登利の後から、今日子と和美もエライエライと頭を撫で撫でするのだった。
好むと好まざると(天使と悪魔extra) 奈月沙耶 @chibi915
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