とある町の本屋:レジ横の攻防

はるノ

とある町の本屋:レジ横の攻防

 どうしても今……今でなければならぬ。そうでなければ意味がないのだ。

 何故か?理由は問題ではない。

 私のこの、身体全体から突き上げるような衝動、今、此の場で何らかの対処をせぬことには収まりそうにないのである。

 昨日のことなど知らぬ。

 私が何を所有しておるか?も同じ。

 今!この時に!触れられぬ、見られぬものは差し当たって、当問題の解決に何ら寄与するものではない。

 よろしい、母者が何を言いたいかは理解した。いや幾度も繰り返さずともいい。

 ならば少し議論の向きを変えるとしよう。

 そも此処ここはどういう場所か?

 母者はいつも此処で何をする?

 普段忙しいとのたまながら、毎日のようにしょっちゅう立ち寄っているではないか。

 そして高頻度で何やら買うている。

 自分の物だけではないだと?当たり前だ、そこもとは一家を司る女人。他の家族、特に私の物をも購入することは仕事の一環であり義務でもある。ひいては私の権利でもあろう。

 それが何故、今日は何も買わずに帰ろうとしておるのだ?そこがおかしいと申しておる。

 成程、発売日を間違えていた。成程なるほど。

 母者は己の「欲しいもの」を得ようとしてここに来たわけだな?私のことなど考えもせず。

 何故私の思いを無視する?!

 そこもとに心づもりがあるように、私は私の心づもりというものがあるのだ!!

 あそこにもここにも、こんなにたくさんの書物があるではないか。

 だから!!!

 昨日のことなど関係ない!!!

 何度言ったらわかる!!!

 大きな声を出すな?誰のせいでこんな……もういい、母者には頼まぬ。父者を呼ぼう、父者に今すぐ馳せ参じていただく。

 何?勤務中?それは失敬、では祖母殿ばばどのにしよう。祖母殿ならきっと大丈夫だ、新幹線は速いからな。

 何?店が閉まってしまうだと?何故だ。もう夕方?

 なんと、外が真っ暗ではないか!

 聞いてないぞこんなの。

 夕飯の時間?そんなの私の知ったことではな……(ググウ~)……わかった。

 今日はもう何ひとつ此処では得られないということだな?理解した。

 間違うな、理解したからといって納得したわけではないぞ。私のために、私の好物を夕飯に出すと約束しないと梃子てこでも動かぬ!動いてなるものか!

 ハイハイじゃないっ!ハイは一回だと、そこもとも毎日言っておるではないか!!

 ああもう五月蠅うるさいっ、私は酷く疲れたし腹が減った!!

 今すぐ帰るぞ!

 こんなところ、もう沢山だ!!!


「ありがとうございました」

 母子は自動ドアの向こうへと去っていった。

「……今日はまあまあ長かったですねえ」

「そうね、当社比プラス二分三十秒ってとこかな」

「いやホント大変ね。私ならやっすいオモチャの一つでも買って黙らせちゃいそう」

「あの子がそんなんで騙されるわけないって。無理無理」

「昨日ね、ちょいお高めのハードカバー絵本お買い上げになったの。さすがに連日は、ってことよ」

「そっか。じゃあ仕方ないですよね。よくもよくもあのギャン泣きグズグズに声を荒げることなく冷静に対応出来るものだわ。お母様、大勝利の巻……あっ、お待たせいたしました!えーと文庫にカバーはかけますか?」

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