【KAC20232ぬいぐるみ】寂しがりのテディ

ながる

解と不可解の間

 ちょっとしたヘマから「少し休め」と田舎に異動になった。パソコンに向かっている時間は以前の半分だ。あとの半分は仕事というより雑用だったり、田舎ならではの付き合いだったり……

 今日も支店長の知り合いの家で、納戸の整理なんかをやらされている……これは仕事か? という戸惑いは、同僚には無いらしい。


「ごめんなさいねぇ。重たいものが多くて……」


 お茶のペットボトルをテーブルに並べる若奥さんのお腹は大きい。お姑さんはほっそりおっとりした人で、確かに力仕事には向かないのだろう。同僚は良い笑顔で「任せてください!」と力こぶを作ってみせた。

 納戸には段ボールがたくさん積まれていて、中にはぎっしりと本が詰まっていた。それを全部やってくる業者に渡すらしい。

 小さくても重量のある段ボールをひとつひとつ運び出して玄関に積んでいると、リビングから小さな悲鳴が聞こえてきた。


「美香さん、これは出さなくていいのに!!」


 少し青褪めたお姑さんが、二十センチくらいの可愛らしい茶色のテディベアを持ってやってくる。若奥さんは少し困った顔をしながらも、差し出されたぬいぐるみを受け取って、「ごめんなさい」と謝った。




「戻ってくるって、言うんです」


 声を潜めて、リビングの方を気にしながら、若奥さんは苦笑する。


「押し入れや納戸の奥にしまい込んでも……でも、私、見ちゃったんですよね。納戸からぬいぐるみを持って出てくるお義母さんを……本人はそんなことしてないって、むきになって怒るんですけど」


 何かあるんでしょうね。最近は話を合わせることにしました。そう言って、彼女は段ボールの少なくなった納戸の棚にクマを座らせた。ちょうどチャイムが鳴って、業者がやってくる。


「おとぎ堂から来ました。引き取るのは……これですか?」


 妙に落ち着いた雰囲気の大学生くらいの青年が、段ボールの山を指差した。見覚えがあって、先日行かされたのは、そんな名前の店だったんだなと心の中で手を打つ。みんな「古本屋」としか呼ばないし、店に看板もかかっていなかったのだ。


「先日は、どうも」


 声をかければ、彼は少し首を傾げた後、「ああ」と薄く笑った。


「ご無事で何よりです」

「は?」


 誰かと勘違いでもしているのかと少し呆れて、まあいいかと段ボールを持ち上げる。


「積み込み、手伝いますよ」

「助かります。こんなにあるとは思わなかったので……」


――美香さんっ!!


 靴に片足を突っ込んだところで、リビングの方から金切り声が聞こえてきた。

 なんだと身を捩って振り返れば、お姑さんが血相を変えて飛び出してくる。


「しまっておいてって、言ったでしょ!?」


 その手には、茶色いテディベア。


「え? いつの間に……」


 若奥さんは納戸とお姑さんの持つクマとを何度も見比べている。呆気にとられていた俺たちの後ろから、事情を知らないはずの青年の声がした。


「そちらも引き取りましょうか?」


 お姑さんは振り返って、訝し気に眉を寄せた。


「あなた誰?」


 えっ? と、全員が彼に注目する。


「お伽堂から来たものです。店主が腰が痛いからお前が行けと……ちょっと、色々ありまして……今日はタダ働きさせられてるのです」

「ああ……あそこのバイトは続かないのよねぇ。そうね……そういえば、理不尽なものや訳のわからないものは、お伽堂に持って行けって、昔、お祖母様が言ってたかも……」


 ストン、と憑き物が落ちたようにスッキリとした顔をして、お姑さんはクマを青年に手渡して行ってしまった。


「あんなに捨てるのは渋ってたのに……」


 訝し気にしながらも、若奥さんはよろしくと頭を下げた。

 テディベアを受け取った青年は、それを大事そうに腕の中に抱えた。「車に置いてきますね」と踵を返した彼の口元がわずかに濡れているように見える。まるで、舌なめずりしたみたいに。

 あの店には本しかなかったような気がするが、どうするのだろう。古物商同士の繋がりみたいなものがあるんだろうか。


「ああいうのも売れるんですか?」


 ぬいぐるみの行き先が気になって、最後の箱を渡しながら聞いてしまう。


「中身を抜いたら、リサイクルショップに持って行きますよ。それとも、あなたが引き取りますか?」

「え? 綿でも抜くんですか? そんなの、もらっても……」


 青年はくすくすと笑った。


「そうですね。縁は深めない方がいいです」

「縁、ですか……?」

「何故か気になるって顔してますよ? つけ入れられやすいんですかねぇ」

「つけい……?」


 どうもこの青年との会話は噛み合わない。なのに無性に気になってしまう。

 青年はふむ、と顎に手をやって、にやりと笑った。


「あなた、お名前は?」

「え? はざま、です。そちらは……」

「言ったそばから。名など教えるわけがないでしょう。うかつですね」

「はぁ?」

「まあ、でもここのしきたりですか。では、次に会うことがあったら「オマエ」とでも呼んでください」


 不思議な青年は、そう言い残して軽トラに乗り込むと、ププッと軽くクラクションを鳴らして去って行った。


 『お伽堂』は壊れてなければ引き取ってくれる。だから、いわくつきのものは大抵あそこに行きつくんだと、同僚は一杯やりながら教えてくれた。




寂しがり屋のテディ おわり

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