ひいな飾りとぬぐるみ

仲津麻子

第1話ひいな飾りとぬぐるみ

 広間に飾られた雛人形は、朱と金に彩られたミニチュアの神殿の中にあった。一般の十二単のお雛様とは違い、一風変わっていた。


緋色の内絹うちぎぬ背子はいし(ベストのようなもの)を着け、スカートにも似た長いを引いていた。衣の上からは、ふんわりと透ける白い薄絹を羽織った立ち姿だった。


 隣に立つのは、漆黒の礼服姿の男君おとこぎみ。上衣であるほうの下にはひらみと呼ばれる箱襞はこひだの衣装をを着け、はかまを穿いたりりしい姿だった。


 そして、神殿の前庭には、三日月形の池があって、まわりに、それぞれ黒と灰色と緋色の実がついた、三本の木が配されていた。


深灰みかい様」


背後から声がして、真白ましろは振り向いた。

彼女の世話をしている使用人の守屋厳三もりやげんぞうだった。


「これは、なに?」

真白が問うと、厳造は嬉しそうに微笑んだ。


神木かむき本家から届きました。深灰様の裳着もぎのお祝いとのことです」

「裳着?」


「深灰様がつつがなく六歳まで成長されたお祝いでございます」

「本家……」

真白はちいさくつぶやいた。


 厳造やその連れ合いの慈子しげこの口からは、よくその言葉を聞いたが、真白には、何のことかわからなかった。


 その言葉を聞くたびに、はかり知れないほどの重圧を感じるのだが、まだ六年しか生きていない彼女には、それが何なのか理解できなかった。


「明日、本家から使者が参りまして、ささやかながら裳着のお祝いをいたします」

「そうなの」


「はい、お祝いがすみましたら、深灰様は、緋衣ひい様というお立場になられます」

「ふうん、よくわからない」


 真白は、厳造の話を聞いても何も感じなかった。

彼女は今、地元の幼稚園に通っていて、四月からは小学校へ入学すると聞かされていた。


新しい生活が始まることを楽しみにしていたので、裳着とか、緋衣とか、不可思議な言葉には興味がもてなかったのだ。


 幼稚園では、おしゃべりする子はいたが、園の外でも一緒に遊ぶほど親しい友だちはいなかった。

だから、新しい学校では何か変わるかもしれない、そう期待しているのだった。


 真白は、抱えていたぬいぐるみの人形を、ぎゅっと抱きしめた。

彼女が腹に宿った時に、今は亡き母親が、自分の着物をはどいて縫ってくれたと聞くぬいぐるみは、ずっと彼女のそばにあって、唯一の友だった。


 生成り色の木綿で作られたぬいぐるみの体は、ところどころ中綿なかわたがよれてゆがんでいたが、真白はいつも丁寧に世話を焼いて大事にしていた。


 白絹に緋色の芙蓉が描かれた振り袖が着せられていた。目と鼻の位置には黒いボタンが、口は赤い糸が縫いつけられていて、肩のあたりで切りそろえられた髪は細い毛糸の束でできていた。

 

 真白は、雛飾りの前まで歩いて行って、三日月の池のほとりに、抱いていたぬいぐるみを座らせた。


 みやびなひいな飾りには相応しくない素朴な姿だったが、地味なこのぬいぐるみが、今の自分に重なるような気がして、なんだか悲しくなるのだった。


陽来留国物語ひくるこくものがたり緋衣様逸話ひいさまいつわ・弐】


(終)

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ひいな飾りとぬぐるみ 仲津麻子 @kukiha

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