第5話 その解呪

 視聴者の一覧にサヤカのものらしきIDが付け加わった。

 不明点が埋まった。やはりサヤカはSasrykvaの動画を事前か事後に視聴したのだ。

 視聴者がSasrykvaの動画から受ける印象として考えられるのは2つだ。

 1つ目は、神津之介と遊べるという点に着目した視点だ。ぱっと見の印象は、Sasrykvaはとても楽しそうだった。だから自分も神津之介と遊びたい。

 2つ目は、神津之介の持っているナイフとその目的に着目した視点だ。動画の中の神津之介はナイフを持ち、Sasrykvaに向かっていた。そもそものひとりかくれんぼでは、対象となる人形は術者を包丁で刺しに来る。術者は自ら、そのような遊びをぬいぐるみに命じるのだ。


 友達が複数の友人に神津之介を用いたひとりかくれんぼを促している。つまりサヤカは心のなかで、自らが術をかけた神津之介がサヤカ自身又は友達を襲う可能性が浮上し、だからこそ本来気にするべきではなかった不審な音が聞こえた、あるいは事後に聞こえたような気がした。

 大人であればぬいぐるみが人を刺すなんて起こるはずがない、と考えるものだ。けれどもサヤカは高校生で、半信半疑だったのだろう。

 呪術的形式が心的負担を引き起こす、つまり呪われたのだ。

 そしてサヤカ自身が行った呪いは、誘った友達に、そして大本のSasrykvaに繋がっている。だからその呪いは神津之介の姿をしている。

 けれどもサヤカは環の家の建付けが音の原因だという話に一応は納得した。そのため、その形にならない呪いは霧消した。けれどもその呪いが必ずしも完全に解消したわけではない。家が鳴ったのではなく、本当は神津之介がいるのでは。そう思い始めれば、再び神津之介がサヤカにまとわりつくだろう。


 問題はあと1人。

 来るか。来ないか。

 来ないこともある。

 来た。

 いつのまにか、その視聴者の一覧の中にSasrykvaがさらりと加わっていた。少なくともSasrykvaが興味を示しているということだ。俺がどうやって種明かしをするかを。

『Sasrykva、俺が遊んでやる』

『Batraz、いいとも。解除しよう。明日の3時に私の集めた神津之介を君に贈るよ』

 約束は取り付けた。Sasrykvaの低い笑い声が聞こえた気がした。

 方針は決まった。今回のSasrykvaが欺瞞であると偽りに暴くことだ。

「糞めんどくせぇ」

 環は誰にも聞こえないよう、呟いた。タブレットが撮影する範囲の外、環の周りにばらまかれた小石が淡い光を生じる。すると奇妙なことが起きた。環の目の前のモニタが淡く光り、その表面が光学的に波打つ。そうしてぬるりと、神津之介の姿が現れる。そうしてナイフを持った神津之介は環の前まで近づき、そして環は神津之介をつまみ上げた。

 視聴者のトーク欄に目を向けると、これ以上になく盛り上がっている。

 そして神津之介の背側を向けてハサミを入れ、中から部品の端を取り出す。

「皆様、お楽しみいただけましたでしょうか。そして目ざとい視聴者の方は、Dzusとqaraの画面の中で神津之介が部屋を横切ったり、モニタに入ったりしていないことは確認されたでしょう」


 環は神津之介から引きずり出した部品を大写しにし、そしてその線が神津之介のぬいぐるみの内部に繋がっていること、ぬいぐるみをめくることで、その四肢にその先端が伸びていることを映す。そして傍らからコントローラを取り出す。

 再び神津之介のぬいぐるみを床に置いてタブレットの前に置いたコントローラを動かせば、神津之介がくるくると回った。

「今回は少しお金をかけました。モニタの波打ちは動画のエフェクトです。神津之介はラジコンで、神津大学の工学部の知り合いに協力を頂きました」

 トーク欄では賛否両論だ。つまり環はSasrykvaの創出した現象が再現可能に見せた。

「Sasrykvaからの通話申請のリクエストが来ていますので、許可します」

 そう告げると、環のモニタの中に通話の申請がなされ、環は許可した。

『あはは、バレちゃった』

「ということは、今回はこのネタバラシで正解でよろしいでしょうか、Sasrykva」

『ああ。使った中身はちょっと違うけどね、大体は同じようなものだ。バレてしまっては仕方がない。あの動画は後ほど削除しよう』

 Sasrykvaは動画が欺瞞であることを宣言した。よってこの噂は追って収束するだろう。

『次も頑張って当ててくれよ、Batraz』

 そうして唐突に通話は切れた。

「ご視聴ありがとうございます。以上の顛末ですので、これで配信を終了します。本動画は1ヶ月後に削除予定です。それまで、投げ銭をお待ちしております」

 そうして環は配信を終了した。

 そして同時に、神津之介は全ての力を失ったように、床に崩れ落ちた。


「智樹、奈美子、お疲れ様」

「もう撤収していいの?」

「わ、私は一晩泊まってから帰ります! ビジホなんて初めてなので!」

「ああ、好きにするといい」

 環は奈美子が、親に友達の家に泊まることにすると報告していたことを思い出す。

 後は全てを無に帰すだけだ。純粋に、Sasrykvaの呪術を呪術で打ち消す。

 Sasrykvaは愉快犯だ。Sasrykvaが集めた全ての神津之介。それがいったい何か。それが問題だ。

 神津之介自体はこの神津市のマスコットキャラで、この神津一体に知れ渡り、認知度がある。呪いというのは丑の刻参りしかり、広く知られていればいるほど強力だ。

「果たしてそれは、何をもたらすのかね」


後半は「ぐちゃぐちゃ」で次のKACに続きます。

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神津之介の呪 前半 〜呪術師 円城環〜 Tempp @ぷかぷか @Tempp

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