第4話 その術式の開始

「準備はいいか」

「まあ、気がすすまないけどね」

「だ! 大丈夫です! この前と同じようにすればいいんですよね!」

 環のLINE通話から、智樹と奈美子の声がした。

 ここは環以外誰も知らない環の隠れ家で、ほんの小さな4畳半ほどの部屋だ。そこにテレビを1台置いている。そして環の周囲にはたくさんの呪いを込めた石が、環にしかわからない配列で並んでいた。

 左側には大きなモニタ、胡座の間にはカメラがわりのタブレットが収まり、現在も録画を続けている。環の使うユーザー名はBatrazバトラズというが、これまたSasrykvaと同様、この界隈ではそれなりに人気の高いユーザーだ。配信予告をしたのはたかだか6時間ほど前だが、今も千単位の人間が配信開始を見守っている。

 『Sasrykvaのひとりかくれんぼ検証』。

 それが実況のタイトル。


 もうすぐ3時。3時になれば智樹と奈美子がひとりかくれんぼを行う。それからどうするか、それを環は決めかねていた。

 環は課金をしていて、登録された視聴者の年齢や職業の目安などの属性を見ることができる。それによって対応を変えようと考えていた。

 1つ。Sasrykvaの魔法を再現し、危険性を示す。けれどもナイフを持った神津之介が現れても、危機感を覚えるよりは自ら呼び出したいという人間が増えそうで、本末転倒だ。刺されても痛い。

 2つ。Sasrykvaの魔法がトリックであることを示す。けれどもこれにはSasrykvaの協力が必要だ。

 Sasrykvaはインターネットという新しい媒体を用いる言霊使いの類だ。広範囲に影響を及ぼす新媒体を用いて常ならぬ現象を揺れ動かす。

 環はSasrykvaが何をしたのかについて、既におおよそのあたりをつけていた。

 事前に智樹に説明した内容を思い出しながら。


「智樹、ひとりかくれんぼって何だと思う?」

「何? こっくりさんみたいなもんでしょ?」

「基本的にはそうだ。けれども本質的に大きく違うところがある。1つ目、こっくりさんは目的が定められていて、ひとりかくれんぼにはそれがない」

「目的?」

 こっくりさんやヴィジャボードという降霊術の類は、何らかの霊を下ろすという目的がある。霊を呼んで何らかの知見を得たり、その霊自体を懐かしむ。

「ひとりかくれんぼは人形が追いかけてくる」

 智樹はやはり、首を傾げた。

「それは霊が入ったんじゃないの?」

「霊かもしれない」

「じゃあ、同じじゃ?」

「問題はそれが何か、術式の内側には定められていないことなんだよ。つまり、オープンソースだ」

 ひとりかくれんぼのぬいぐるみが何か、それはブラックボックスだ。なぜなら名前を付けるのは術者だからだ。人形に名前をつける。これが誰かの霊を求めたいのであれば、その名前をつければいい。けれども元々のぬいぐるみの名前をつければ、それはそのぬいぐるみが動く、ということだ。そして術者が自らの身体の一部をそのぬいぐるみに込めることの意味を考えれば、術者自身の写身ともなる。

「つまり、なんなの?」

 智樹は整った眉を潜めた。

「この術式は不完全なんだ。完全にパッケージングされていない」

「不完全?」

「そう、目的をもって行使するには、いくつかの変数を埋めなければならない」

「目的?」

「そう。これは使い勝手もいまいちだが、極めて汎用的で、その術は知れ渡っている。だからこれで、人を殺せる」


 呪いというのは特定の場合を除き、最も簡単に効果を及ぼすとすれば、それは心理的効果である。

 呪ったことを相手に告知する。それによって自分が呪われていると認識すれば、その対象は心を蝕み、次第に負が積み重なる。つまり病む。

 環は幽霊を見ることはない。環がサエコに憑いているものの本質と認識したのは悪意やら不幸、呪いといった漠然としたものであり、神津之介の姿ではなかった。一方で智樹がサエコに憑いたものとして認識したのはぬいぐるみの神津之介だ。それはその形が神津之介の形を取っていたからだ。

 環は回想を打ち切り、時間を確認する。午前3時の10分前。


 いずれにしても、途中までは正しくひとりかくれんぼを実行しなければならない。

 モニタに2つの画面が浮かぶ。Batrazに紐付けられたアカウントで智樹が担当するDzusスーズと奈美子が担当するqaraカラの画面だ。タブレットに軽く手を振り、2つの画面からも同様の反応があることを確認する。Batraz、Dzusとqaraの音声は自動的に変性される。

「始めるぞ」

 丁度午前三時にあわせ、オープニングの曲をかけ、モニタには簡単なタイトルがポップアップする。そこに炎の形のアバターが現れる。

「こんばんは。Batrazの不定期配信にようこそ。頂いた投げ銭は、超常現象の検証にありがたく使わせて頂きます」

 さっそくいくつかのコメントと多少の投げ銭が確認された。

「さて。今回はおなじみ、Sasrykvaからの挑戦を検証することにしましょう。ここにいる皆さんは、いずれもSasrykvaの動画をご覧になられたと思います」

 画面にたくさんの拍手が流れる。いつものことだが、Sasrykvaの動画を見た人間にはこのリンクが現れるよう、環は細工をしている。

「まずはひとりかくれんぼを始めます。今回もサブモニタに表示されるDzusとqaraにお手伝い頂きます。Sasrykvaは常に1人。だから本当に友達がプレイしているかはわかりませんでした」

 完全な自作自演の示唆、それは誰もが思っている疑問だ。

 モニタでは2人が画面の前に神津之介のぬいぐるみを出し、名前をつけて呼びかけてカッターで刺し、呪文を唱えて風呂に沈める。そして立ち去り、クローゼットの中に隠れた。

「居住地の特定を避けるため、現在Dzusは市内のウィークリーマンション、qaraは市内のビジネスホテルに滞在しています」

 早速その内装からそれぞれの建物の場所と名称は特定されたが、カーテンを閉めているから部屋の特定には至らないはずだ。

 環は注意深く、その視聴者の名前の追加状況を確認した。

 そしてその中に1つのユーザー名を見つけた。

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