第3話 その呪法
環は神津之介のひとりかくれんぼについて、自身の彼女ということになっている
「曰く、神津之介が画面を超えてやってくるんだって」
真面目なような、呆れたような環の視線に、智樹は困惑した。
「画面を越えて? 怨呪の貞江みたいに?」
「そう。奈美子からも聞いた。奈美子は出てきたやつは見てないらしいがな」
「ああ、奈美ちゃん」
そもそも環が奈美子を構うようになったのは、奈美子が智樹の美容室に客として訪れたからである。その時の奈美子の背中にはサエコとは比べ物にならないあまりにもヤバげな霊が鎮座していたので、髪を切った後に智樹はあわててクウェスに飛び込んだのだ。結局その後、環と奈美子はそれなりに趣味が合ったため、雑に清いお付き合いをしている。そのため環は事情を知らない知人友人にロリコン扱いされているが、そもそも胡散臭い仕事を掛け持ちしている環にとって、すでに評判など気にするべくもない。
環はタブレットを机に倒し、智樹に見せる。
それは暗い動画だった。横長の画面の中で僅かに見えるのは、細く入ったスリットのような四角い部分だけだ。しばらくすると智樹の目には小さなナイフを持った神津之介のぬいぐるみが歩いて現れ、そのスリットを横切った。ガタガタと画面が揺れて角度が変わったことによって、智樹はそのスリットが押入れのわずかな開閉部だということを理解した。カメラは床を這いながら角度を変えて室内を映し、その神津之介がザラザラとしたテレビの砂嵐の中にとぷりと入り込む。
「ねぇ、これ何なの? 出てくるというよりは入って行く、じゃない?」
智樹の問には答えず、環は無言のままシークバーをスライドさせる。
随分時間を飛ばしてから、砂嵐がまたゆらぎ、神津之介が再びテレビ画面から現れた。そこからは飛ばし飛ばしに見ているが、シークバーではもうすぐ2時間経過するところでカメラがガタリと動いて風呂場に向かう。そこには神津之介のぬいぐるみがぷかりと浮かんでいた。
「あれ? どういうこと? これ、さっきテレビに入ってったやつ?」
「智樹、お前はこの映像がどう見えた?」
「神津之介が部屋に入って、テレビに入って、テレビから出て、部屋から出た」
「奈美子と同じだな」
「奈美ちゃんと?」
「ああ。この動画はあいつが撮った。やるなといっても聞きやしないんだ」
環は珍しく頬杖をつき、気だるそうにタブレットを操作する。
奈美子は呪いだとか魔術だとかそういうのが好きなのだ。智樹が話していない以上、智樹の認識する環のガチの本業を奈美子は知らないはずだが、そんなわけで危険なところに足をつっこみそうな奈美子を環はそこはかとなく止めている。
「智樹、入った神津之介はどうなると思う?」
「さぁ……わかんないけど、どっかにいく、のかな」
「それでこっちの動画だ。TotubeにUPされている」
それはなかなかに再生数のある動画だった。いわゆる実況で、投稿主は
「あ、この人って」
Sasrykvaは良くも悪くも呪いを生み出すような動画を配信する、いわゆる界隈での有名人だ。様々なしがらみと相克、というよりは単に環が若者だから詳しいだろうという思考を放棄した理由で、この神津に起きるネット界隈の複雑で新しい呪術の対処は環に丸投げされている。そんな簡単なものじゃないと反論しようと思えばできるものの、さりとてやはり、結果的に対処できるのは自分くらいなのだろうなといつも不満に思っている。
それでひとりかくれんぼと聞いて昨日ネットで検索したところ、このSasrykvaの動画がUPされていたわけだ。もともとひとりかくれんぼは巨大掲示板の実況によって爆発的に広がった新しい形態の術だ。インターネットに親和性がある。
「こっちは俺にも見えるんだよ」
「じゃあ本当にSasrykvaなんだ」
環は鞄から細いリップを取り出し智樹に渡す。智樹はそれを目の上下と鼻耳、口回り、つまり開口部に塗る。環が香木を練って作ったもので、その揮発する間、呪術の侵入を短期間に防ぐ。それを確認し、環は動画をスタートさせた。
『やぁ、皆さんこんばんは! 今日は『ひとりかくれんぼ』の活用方法をご紹介しましょう!』
真っ暗な画面にSasrykvaの不似合いに朗らかな声が響く。
「活用方法?」
「これまた実に愉快犯的な話でな」
『ちゃんと説明文は呼んでくれたかな? 必要なのはLIME電話とお友達と熱意、それからあなたの神津之介とお風呂とお塩、まあ一般的な用意だね。忘れずきちんとLIME通話をオンにしておくこと。それから、当然ながら喋らないこと』
その後、Sasrykvaの声は
『あとはパワーが貯まるまで待ちまぁす』
環が30分ほど動画を飛ばすと、ベリノイズが突然すとんと平板になり、ざらざらとした砂嵐が画面に浮かび上がる。本来ベリノイズが浮かぶモニタには、浮かぶはずのない砂嵐だ。
『お。集まり始めたね』
その楽しそうな声からしばらくして、水面に顔をつけるように画面から滲み落ちたものがある。神津之介のぬいぐるみだ。ムクリと起き上がればナイフを持っていて、それがモニタを背にのそりと手前の画面に向かってくる。不意に影のように黒い手がモニタの明かりを遮り、その背をつまむ。ナイフを持っているとはいえ、せいぜい10センチほどのぬいぐるみだ。持ち上げられると成す術はなく、足をバタつかせた。
「環、なにこれ。すごい可愛いんだけど」
「だろ?」
Sasrykvaの手はしばらく神津之介をつついたりぷらぷらと振ったりして遊び、そのうち何かに気づいたように、慌てて神津之介をテレビの画面に押しつけた。すると再びどぷりと粘度の高い水につけるようにモニタが揺らぎ、黒い手に押し込まれるようにして神津之介はその奥に姿を消したた。
『ふう、危ない危ない。あんまり可愛いから危うく時間が過ぎちゃうところだったよ。お友達のところに戻る時間があるからさ。夜明け前、今時分は4時半にはみんなのところに返してあげてね、じゃあ、バイバイ』
クレジットが流れる前に環は動画を消し、大きく息を吐き出した。
「それで問題は、俺にもこれが神津之介にみえたことだ」
「えっ? じゃあ」
智樹は幽霊は見えるが、環は見ることはできない。
「あの神津之介は実態または限りなく実態に近い」
「そんな、じゃあ本当にあの通りやれば神津之介が現れる、の? 見たいんだけど」
智樹は悩むように首を傾げる。
「だろ? その可能性がある。ただし、ナイフを持っている」
「え? あれ? ちょ、やばいじゃん! なんでそんなことするの!」
「面白いから、じゃないの?」
「……ああ、Sasrykva、だもんね」
智樹も環と同じくため息をついた。
Sasrykvaは愉快犯である。幸運な
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