第2話 そのまじない

「おごるからさ、何でも頼んで」

「本当にいいんですか?」

「ありがとうございます!」

 翌日、智樹が環の前に女子高生を2人つれてきた。環の右隣の2人がけの席を動かしてくっつけ、自身は環の隣に腰掛ける。その間、環はイラつきながら、タブレットに目を落とし続ける、というささやかな抗議を継続していた。

「こっちが俺の友達の環。サブカルな雑誌のライターをしててさ、そういうのに詳しいから」

 環は智樹が自身を呪術師だと紹介しなかったことだけにはホッとしつつ、けれどもとりあえず文句を言うことに決めた。

「あのな、智樹。こういうのは予めアポを取るべきだろう?」

「だって環、スマホ持ってないじゃん」

「……それはそうだが」

「だったらここに来るのが早い」


 環はさまざまな理由でスマホを携帯していない。

 その代わり、遠出の用がない時はこのクウェス・コンクラーヴェで記事を書いている。だから環に用がある時にはここを訪れるしかないのだが、流石に女子高生と合コンのように飯を食うのは気が引けた。

 何故ならここはデートスポットで、環の彼女ということになっている女子高生には来るなと言ってあるからだ。なのに他の女と、特に女子高生と飯を食ってるところを見られでもすれば、色々と面倒なのだ。

 環は智樹に耳打ちする。

「おい智樹。神津之介の幽霊については話したのか?」

「言ってないよ。信じるわけないじゃん、神津之介の幽霊なんて」

 その小さな応答に環は小さく頷いた。


 智樹は幽霊が見えるが、そんなことを堂々とひけらかしても変な人にしか思われない。智樹はそのことをこれまでの人生で十分認識している。そして人間ではなくマスコットの幽霊など、智樹をよく知る環であればともかく、余人が信じられるはずがない。変な大人一直線だ。だから智樹は純粋に、困った女子高生にオカルトライターを紹介しただけだ。

 だから環は、要件を早く終わらせることにした。


「それでひとりかくれんぼやったのはどっち?」

「あの、私です」

 おどおどと、おとなしそうな茶髪ショートの子が口を開く。

「なるほど。なんでまた?」

「なんで……その、友達に一緒にやろうって言われて」

「友達と? 実況でもやったの?」

 最近流行りの、怪談実況というやつだ。

「私はしてないです。けど、友達とLIME通話してて、友達は実況してたかもしれない」

 どうもその友達は返事はないものの、誰かに話しかけていた節があったそうだ。そう思い出すように言葉を紡ぐその女子高生はサエコと名乗った。もう一人はサエコの相談を受けたエリ。エリが智樹の客だ。環は様々に話を聞き取りながら、その構造を頭に浮かべる。

「神津之介を使うって決めたのは誰?」

「友達です」

「他にも同時にやった人はいる? グループトークとか」

「わかりません。でも、何人かは誘われてました。LIME通話にしてたけど、誰も喋ってなかったから、よくわかりません。あの、喋っちゃ駄目なんですよね?」

 ひとりかくれんぼのテンプレでは、確かにそう言われている。

 サエコは友人としめし合わせ、午前三時にひとりかくれんぼを行った。そして家中を這い回る音を押し入れの中で震えながら聴き、テレビのノイズ音の揺らぎに惑い、早朝の番組が流れ、神津之介の音が失われたことを確認して、緊張に塗れながら這々の体で風呂場に向かい、浮かんだ神津之介に塩水を吹きかけてなんとか終わらせたらしい。

「じゃぁ最後、サエコさんは何を心配してるの? きちんと終わらせたんでしょう?」

「え……」

 サエコはその言葉の意味を感得できないのか、僅かにたじろぐ。

「あなたは風呂場で塩水を神津之介に吹きかけたんだよね? きちんと終わらしたなら、それで終いで良いのでは?」

「それは、でも、夜中に神津之介が家中歩き回って」

「うん。でもそれはそういうものだ」

「そういう?」

 環はサエコをじっと観察していた。話の中でサエコが何を気にしているか、を。ようは、ひとりかくれんぼのシステム自体ではなく、夜中に『神津之介が歩き回る』という超常現象が気にかかっていたのだ。ならばその解決の道筋は自ずと導かれる。

「夜中というのは奇妙なことが起こるものだ。神津之介が歩き回ったのじゃなくても、家の中で音がすることがある。温度や湿度の差で建材が収縮して音が出るっていうのは知ってる?」

「けれどもこれまではそんなことは……」

「俺は仕事柄、ラップ音、つまり家の中から変な音がするっていう現象を調査することがあるんだ。その時の原因の殆どは建材で、他も低周波音とかだ。静かな真夜中で耳を澄ませていたら、そんな普段聞こえない音が気になってしまう。きっとそういうことだよ」

 ほとんどはね、と環は心の中でつぶやく。

「そう、でしょうか」

 サエコは幾分顔色を取り戻す。超常現象というのは理屈がたたないから超常現象なのだ。だから後ひと押しだ。

「うん。もし気になるなら、これをあげよう」

 環は懐から呪符を出す。ルーン文字をベースとした環オリジナルのアイテムで、デザイン性を重視したものだ。ガチで作ったデザイン性を度外視した呪符は環自身が身につけているが、サエコに示したコンビニでカラーコピーした小銭稼ぎ用のものでもそれなりの効果はある。転写シートVerを作ったりと小銭稼ぎをしている。

「これは魔除けのお守りで、悪いことを遠ざける」

「え、綺麗。でも、おいくらくらい……?」

「あ、俺が払っとくからいいよ。大した金額じゃないから」

「おい智樹。俺も女子高生で儲けようとは思ってないぞ」

 実売価格は500円から3万円。相手の顔と身なりを見て決めている。

「それから万一のためにLIMEを交換しておこう。何もなく1ヶ月経過すれば、削除するから」

「ってことだから平気。環はいい人だから大丈夫だよ」

 サエコとエリが頭を下げて立ち去れば、智樹は机を離して環の前に座り直した。


「いい人、ね」

 環はそれとなく智樹を睨みつけたが、智樹は気にするそぶりすら見せず、にこにこと微笑んだ。

「マジ凄い。神津之介の霊が消えたよ。呪符のせい?」

「それは俺が聞きたい。霊が消えたのはいつだ」

「え」

 智樹は首を傾げ、宙を見上げる。環には何かがいたであろうことくらいは把握できるが、幽霊は見えない。

「そういえば、それより前に数は減ってた気がする」

 数、というのが気になったが、環は無視することにした。女子高生と不必要に関わりたくないのだ。

「やっぱりな。つまりそれは厳密には神津之介の霊じゃないんだよ」

「どういうことさ?」

「ひとりかくれんぼっていうのは妙なシステムなんだ。オープンソースっていうかな」

「オープンソース? 俺にわからない話なら別に説明しなくてもいいけど、解決したし。ありがとうね」

 環の説明在は呪術の類がわからない智樹にとっては理解しがたいものであり、基本的には細かいことは考えない智樹は問題が解決すればそれでよかった。

 だから環の続く言葉は予想外だった。


「タダ働きにしてやるから手伝え」

「え? もう幽霊いなくなったよ」

「ああ。サエコは大丈夫だろ。問題は他にあって、つまり変な呪いなんだよ、このひとりかくれんぼってやつは」

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