デッドストックメイカー【KAC20232】

松浦どれみ

デッドストックメイカー


 寂れてシャッター街と化した古い商店街。

 ある晴れた春の日の昼。


 白束しらつか洋品店のシャッターが開く。

 店主の白束装子しらつかしょうこは月曜以外の毎日、一二時に店を開店させている。


 祖母が畳もうとしていた店を、勤め先を退職したばかりの装子が引き継いだ。

 中に置いているものは手芸の道具や生地の他に、装子が趣味で買い付けた古着や自作の小物などだ。


 販路は主にネットなので店を開ける必要はないが、隣の書店で同世代と思われる店主が細々と店を開けているのに感化されていた。

 もっとも隣と言っても、シャッターに閉ざされたテナントを三軒挟んでいる。


相模原彗星さがみはらすいせいさんの事務所前です。人気若手俳優の突然の死にファンが押し寄せています』


 装子は店舗奥の部屋にあるテレビをつけた。昼に開けたはいいものの、基本的に放課後の時間になるまで客は来ない。たまに祖母の友人が世間話をしに来る程度だ。ワイドショーを聴きつつ、小物作りに精を出す。


「よし、できた!」


 パチンと糸を切り、装子は出来上がった作品を眺めた。


 今日作ったのは青い布で作ったうさぎのぬいぐるみ。


 装子は服飾の専門学校に通っていた頃、恋人の影響でデッドストックの生地が好きになった。彼とはもう会うことはないが、デッドストック熱は冷めず、今では海外などに買い付けに行くほどだ。仕入れや作業の影響で夜遅くなるため、店の開店も遅いのだ。


 一五時頃、商店街もまばらではあるが地元の中学生が下校する姿が目に入るようになった。そして、装子の店にも本日ひとりめのお客様が現れた。


「いらっしゃいませ」

「あ、あの……」


 入ってきたのは、一番近くの中学校の制服を身につけた少女だった。きっと生まれてから一度も染めたことがないだろう艶々のダークブラウンボブを揺らしている。


「何か、気になるものがあった?」

「はい。窓際のあの青いうさぎのぬいぐるみが……」

「ああ、これ。ついさっき完成したの、自分で仕入れたデッドストックでね……って、どうしたの?」

「ううっ……ひっく……」


 完成早々気に入られたことに気を良くした装子は作品について語ろうとしたが、少女が急に泣き出してしまったため、慌てて彼女を店の奥の部屋に案内した。


「とりあえず麦茶でよかったかな? どうぞ」

「っありがとう……ございます……っ」


 装子は冷蔵庫にあった麦茶を少女に出した。今は介護付きマンションに住んでいる祖母の元居住スペースなのでテレビや冷蔵庫などの家具家電がついている。


 テレビではまだ人気若手俳優の殺人事件についてのニュースが流れていた。

 BGMとしていかがなものかと思ったので、テレビを消す。


 少女が一気に麦茶を飲み干し、近くにあったティッシュで顔や鼻を拭いた。装子はさっとゴミ箱を差し出す。


「どうも……」

「ううん。落ち着いた?」

「はい、ありがとうございます」

「何があったの?」


 装子は少女に事情を聞いた。彼女は、頷き鼻を一回すすってからゆっくりと話しはじめた。


「実は、つい最近好きな人が亡くなって……」

「え、ああ、うん」


 中学生女子の口から飛び出す言葉にしてはずいぶんと重い内容だったので、気軽に聞こうとしていた装子は背筋を伸ばし顎を引いた。彼女は話を続ける。


「その彼が気に入ってきていた私服の色が、あのうさぎのぬいぐるみの色にそっくりだったんです」

「な、る、ほ、ど……」

「あれは売り物ですか? 私、買いたいです。お金なら今持って……あ、千円しかない……」

「ああ〜」


 カバンを漁り、財布の中身を見て涙目になる少女を見て、装子は小刻みに頷いた。


「いいよ、じゃあ千円で売るわ。どう?」

「え、本当ですか?」


 苦労して仕入れたデッドストックに自分の作業時間を入れると、どう考えても赤字だ。それでもこのうさぎをここまで求めてくれるのはこの子しかいないと装子は思った。


「もちろん。そのかわり大事にしてね!」

「はい! ありがとうございます!」


 装子は少女から千円札を受け取り、ぬいぐるみを袋に入れて手渡した。何度もお礼を言って頭を下げる彼女を笑顔で見送って、人に喜ばれるのは嬉しいものだとしみじみ思った。




 ——半年後、定休日の月曜。


 コンビニ帰りの装子が黒井書店の前を通ると、女子中学生が数名、何やら騒がしくしていた。泣いているような声も聞こえる。よく見るとそのうちの一人は装子の店でぬいぐるみを買った少女だった。


「どうしたの?」

「あ、こんにちは。実は……」


 少女はつい今しがた購入したという、すっぱ抜きで有名な週刊誌を片手に事情を説明してくれた。


「つまり、推してるアイドルがモデルと同棲してるから泣いているってこと?」

「はい……」


 あまり芸能人に入れ込んだりはしない装子にはわからない感覚だったが、鼻をすすり涙を流しながらネットニュースやSNSを見ている彼女たちの本気度合いは嫌と言うほど伝わる。


「……もう、死んでほしい」

「え?」

「アイドルのくせに熱愛匂わせたり撮られたり、しかも同棲なんかして……。グループにも迷惑だし、結婚脱退とかになるくらいなら死んでもらった方がマシ」


 少女とは別の友人たちが呟いていた。装子は彼女たちの熱量が恐ろしくなり、比較的におとなしかった顔見知りの彼女に問いかける。


「そ、そういうものなの?」

「はい。夢が壊れるくらいなら、他の人のものになるくらいなら死んでほしい」

「そ、そっかあ……」


 真剣な眼差しの少女に、装子は頷き軽く励ましてその場を後にした。



 その翌日から装子は海外に渡航し、古着やビンテージストックを仕入れて帰ってきた。空港に着いたときには夜で、そこから二時間電車に乗り、店に着いた頃はもう一日の終わりが見えている時間だった。明日は月曜で定休日だ。


 店舗二階にある自分の部屋でパソコンの画面を眺める。装子はパソコンでいい生地がないか検索し、直接デッドストックの仕入れに行くことがほとんどだった。今回の目当てはもう決まっている。


「さあて、仕入れに行きますか」


 装子はパソコンの画面をスリープした。真っ暗になった画面に装子の笑顔が浮かび上がる。今度はデッドストックの仕入れに行くため、席を立ち作業着に着替えた。


「よし、行こう!」


 店舗の横にある勝手口から出て鍵を閉める。すでに日付は変わっており、どこもかしこもシャッターだらけの商店街を、月明かりに照らされながら歩いた。


「あ……」

「おや、白束さん? こんな時間にお出かけですか?」


 黒井くろい書店の前を通るとき、シャッター前に人影があった。全身黒い服や靴でコーディネートされた、黒髪の青年。彼は装子を見ると、名前を呼んで首を傾げていた。装子も軽く首を傾げる。


「あ、もしかして、黒井さん?」

「え? ええ、そうですが……」

「いや、いつもと雰囲気が違うから気づかなくて……」

「ああ、そうですよね。大事な用があったものですから正装のつもりなんです。白束さんもいつもと雰囲気が違いますね?」


 普段とは違い髪の毛も上げている黒井はことのほか美しい顔をしていた。少々不可解な格好ではあるが、それがまた浮世離れしていて今夜の月明かりがよく似合う。

 正反対の色でコーディネートしていた装子は、彼に合わせて静かに微笑んだ。


「ああ、私も同じような理由です」

「なるほど。こんな時間ですから、お気をつけて」

「はい。ありがとうございます。おやすみなさい」


 装子は黒井に目を合わせ再びにっこりと笑顔を見せてから、軽く頭を下げて目的地を目指した。


 装子は生地の保管場所に着いたのちデッドストックを仕入れる準備をして、目的の生地を探した。見つかったので取引相手に声をかける。


「ふう……。あったあった。これ、いただいていきますね!」

「う……ん……」


 少し聞こえにくかったが返事があったので、相手のいる部屋に寄り最後の確認をして保管場所を出た。


「ああ、早くお風呂入ってビール飲みたい!」


 装子は作業着姿が人に見られないように、できる限り大急ぎで家に帰った。


「ふう、到着!」


 勝手口を開け、デッドストックを置き、洗面所で手を洗い、浴槽の湯張りのスイッチを押した。


「作業着汚れたし、ここで脱いじゃおう」


 装子は風呂の洗い場に入っていき、湯張りをしている横で濃くて赤い色の作業着を脱いだ。そのまま作業着や自分を洗ってお湯にゆっくりと浸かり、風呂上がりのビールを楽しんだ。


「さて、寝よっかな」


 こうして心地の良い疲労感とアルコールの高揚感で装子は昼までぐっすり眠った。定休日なので店は開けず、早速仕入れたばかりのデッドストックを裁断し、ぬいぐるみを作る。


「できた! あの子たち、喜んでくれるかな?」



 そして火曜日、いつも通り装子は一二時に店を開けた。今日もまだ誰も来店していないので昨日作ったぬいぐるみを並べた後はテレビでワイドショーなどを見て過ごす。


「あ、あの……」

「いらっしゃいませ」


 店のドアが開き、装子がテレビを消して部屋から顔を出すと、先日の少女とその友人が立っていた。三人とも目元が赤く腫れている。少女たちは目を潤ませ、鼻水を垂らして泣き始めた。デジャビュだ。


「どうしたの? とりあえず中に入って、どうぞ」

「あいっ……ひっく……」


 装子は三人に濃いめに作ったカルピスを出した。彼女たちは一様にゴクゴクと喉を鳴らしてそれを飲み、差し出したテッシュで鼻をかんだ。ゴミ箱を差し出す。


「ありがと……っございます……」

「っます……」

「っす……」


 装子は彼女たちに事情を聞いた。代表して以前ぬいぐるみを買ってくれた少女が話し始めた。


「実は昨日、私たちが推してたアイドルが殺されて……」

「うわああああん!」

「うう……っ」


 友人たちの泣き声に負けないよう声を張った少女の話によると、先日書店の前で話していた、熱愛発覚疑惑があったアイドルが昨日朝に殺されていたそうだ。

 死ねばいいなどと口走ってしまった罪悪感や推しの喪失感で、三人とも情緒不安定になっているという。今回は装子も最初から覚悟して動揺することなく話を聞いた。


「そうだったの……」

「はい。それで、その推しが着ていたお気に入りの私服とあのぬいぐるみたちが同じ色で……」

「それで思い出し泣きしたのかあ」

「はい。あの、あれを私たちに売ってもらえませんか?」


 少女たちが潤んだ瞳で装子を見つめた。彼女たちが来店したときから、答えは決まっている。装子は目を細め頷いた。


「いいよ。ぜひ連れて帰ってあげて」

「「ありがとうございますっ!」」


 装子は彼女たちに赤い生地でできたうさぎ、猫、クマのぬいぐるみを手渡した。金額は前回と同じ千円だ。


「え、いいんですか? 本当はもっと高いんじゃ……。お母さんがデッドストックは高級だって言ってて……」

「ううん、いいの」


 戸惑う少女に、装子は肩をすくめて微笑んだ。確かに赤字だが、彼女に負い目もあり、これくらいなんてことはなかった。


「悪いことしちゃったしね……」

「え?」

「ううん。あ、この前のも持っててくれてるんだね」


 少女のカバンには、先日売り渡した青いウサギがぶら下がってた。彼女は頷いてウサギを撫でる。


「はい。彼のことを好きな気持ちは、新たな推しができても変わりませんから。彼にちなんで「スイくん」って名前もつけてるんです。この子はどうしよう「はーちゃん」とかかな?」

「そう……」


「あ、なのにすぐ推し変してって思ってません? 確かにそうなんですけど……」


「ううん、思わないよ。生きてる人間はこれからも前に進まなくちゃいけないんだから、それでいいの。また少し元気になったら、誰かを推していいんだよ」

「……はい!」


装子は少女たちを見送り、なんとも言えない達成感のようなもので心が満たされていくのを感じた。今日の晩酌もまた格別だろう。使用済みのグラスなどを洗い、テレビをつける。夕方の情報番組のニュースコーナーのようだ。


『次は、昨日遺体で見つかったアイドル、目白萩めじろはぎさんの事件についてです。目白さんの自宅マンション前には……』


 装子はきっともう誰も来店しないだろうとたかを括って、冷蔵庫から缶ビールを出しプルタブを上げ戻した。鼻から大きく息を吸って麦の香りを、飲んで喉越しを堪能する。


 テレビではまだアイドル殺人事件のニュースが流れており、被害者が赤いシャツを着ているSNSの投稿画像が映っていた。



>>終わり


また今回もホラーですみません!

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