そのネットゲーマーはテディベアをつくる
朝風涼
そのネットゲーマーはテディベアをつくる
午後10時になった。
ようやく、テレホーダイの時間になった。
「定額制の電話料金でインターネットができるなんて、画期的な事だなあ」
そう思いながら、ようやく買ったPCー9801のスイッチを入れて、ゲームを起動した。
画面に「『ウルル・オンライン』にようこそ」の文字が出た。
『ウルル・オンライン』は、世界各国にサーバーがあるインターネットを使ったゲームで、MMORPGと言われる新しいタイプのゲームだった。
「パソコンを通じて世界の人とゲームして、交流できる時代が来るなんて、想像もしなかったな」
そう思う僕だった。
「今日こそ、大儲けだ」
その日は、意気込んで、日本の『富士』サーバーに接続した。
最初に始めた職業は木こりだった。コツコツ材木を、売っていたけど、全くお金がたまらなかった。10時から一人で木こりして、睡眠時間を削るだけ。それは、つまらない作業だった。
ある時、町の酒場に行くと、いい噂を聞いた。オーガを倒して大儲けしたという話だった。
「オーガを倒せば一攫千金も夢じゃないな。おれもやってみようかな」
「始めたばかりじゃ、フレンドもいないし、今度の土曜日に一人で挑戦か」
そう決意して、ログインした土曜の夜だった。
武器屋で、ロングバトルボウと、強力な赤い矢を200本買った。
「よっしゃ準備は、オッケーだ。弓でちまちま攻撃するぞ」
「でも馬が欲しいなあ。テイムスキルが無いと馬に乗れないのかよ」
そういう、仕様だった。
仕方がないので、走って闇の谷に向かった。
闇の谷には、ラッキーなことに誰もいなかった。でっかいオーガが一匹だけいた。
「よっしゃ、弓を装備して遠距離攻撃だ」
でも、なかなか、当たらない。
「高い赤い矢なんだからさ。少しは当たれよ。命中補正がついてるんだろ」
ぶつぶつ言いながら、攻撃してると、地味に弓スキルが上がってきた。
「だんだん当たるようになってきたぞ」
もう少しで倒せると思うと、手に入るお金がちらつき始めた。
ウキウキしていたその時だった。
マップの左に、赤い点が見えた。
「えっ。もしかしてレッドネーム」
「それって、PKって奴なのかよ」
「やめてくれよ。馬も無い初心者なんだよ。お金なんかあるわけないよ」
胸のドキドキが高まってくる。
マップに現れた、赤い点は、ぐんぐんこちらに近づいてくる。
どうやら、獲物は、僕のようだ。
走って逃げたが遅すぎる。
馬が欲しい。でも僕は、馬には乗れない。そういう仕様なのだ。
馬で追いかけて来るPKと、走って逃げる自分。
あっという間に、追いつかれた。
画面にあらわれたのは、赤い名前の奴の姿。
画面でみた奴は、馬に乗って、フルプレートとハルバードを装備していた。
赤い名前を見た瞬間、画面の自分は倒れていた。
名前を覚える間すらなかった。
レベル差の違い。スキルの違い。あっけない一瞬。
画面に映る、自分の死体を見ながら、がっくりしている自分がいた。
「もう『ウルル・オンライン』なんかやめてやる」
そう思った時、新たな青い点が5つ近づいてきた。
「たすけてくれないかな。5分以内なら蘇生してもらえるんだけどな。お願いだ」
画面の前で願ったが、死んでいる自分の声は、チャットには、表示されない。
そういう仕様だった。
画面に映ったその人は「バイオレット」という名前だった。そして、ぼくの死体の傍らで、蘇生の魔法をかけてくれた。チームのリーダーだと名乗った。
「どうしたんですか」
「PKだと思うのですが、赤い名前の人に殺されました。助かりました。ありがとう」
「そうですか。災難でしたね。ここはPKがよく出るんですよ」
そんな話だった。考えてみれば、誰もいない狩場で、喜んでいたのは、僕だけではなく、PKも同じだったのだ。
「いや、始めたばかりで、おかねの貯め方も、なにもかもよくわからないんです」
「このゲームを一人で進めるのは、大変なんですよ。うちのギルドに来ていっしょに遊びませんか」
バイオレットさんに、ギルドへの入会をすすめられた僕は、すぐに、ギルドに入ることにした。
バイオレットさんは、戦い方やお金の稼ぎ方など、いろいろな事を教えてくれた。本当に助かった。終末の10時が待ち遠しかった。ギルドメンバーといれば、PKも怖くはなかった。
いつしか、僕は、ブルードラゴンをテイムできるまでになっていた。
半年くらいたった時、ふと、バイオレットさんが、テディベアを作っていると話してくれた。
テディベアってなんだろう。ただの、ぬいぐるみでしょ。最初は、そんな印象しかなかった。
ところが、何度か話を聞くうちに、テディベアは、ほかのぬいぐるみとは、違うと分かった。
テディベアのことを、ただの「ベア」とバイオレットさんは、言っていた。そして、それを、作って売るのが仕事だという事だった。いわゆるベアの職人をしているとの事だった。
インターネットでいろいろ調べるうちに、世の中に、テディベアという、世界があることを知った。
バイオレットさんに出会って一年くらい経った頃、バイオレットさんが、家庭の事情で、『ウルル・オンライン』を引退するという話をしてくれた。
最後に、バイオレットさんが、話してくれたのは、テディベアミュージアムに、作品を出品しているという話だった。
数年後。花の写真を撮りたくて、湖畔の町を訪れた僕は、この町にテディベアミュージアムがあることを思い出した。
テディベアミュージアムには、たくさんのベアが並んでいた。
そのなかに、バイオレット作のベアを見つけた。
なつかしい思い出が、一気にふくらんだ。
そのネットゲーマーはテディベアをつくる 朝風涼 @suzukaze3
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