黒い壁
西野ゆう
第1話
全室ワンルームのマンション。今日から俺はここに住む。
俺の部屋は五〇一号室。隣の部屋である五〇二号室は、通路側の窓に住民の気配が感じられていた。
その場所はキッチン。
俺がドアチャイムを鳴らすと、ドアが少し開いた。
ドアが開くと、冷たい風が体温を奪いながら部屋の中へと流れた。
「何でしょう?」
黒髪の美しい女だった。女の髪と同じような黒い毛のクマのぬいぐるみを胸に抱いている。
「隣に越してきた川上と言います。ご挨拶に……」
「夕飯は?」
「え?」
「夕飯、ご一緒しませんか?」
俺は、突然すぎるその誘いを断った。
「いや、部屋も片付いてないですし……」
そう言いつつ彼女の部屋の中に目をやると、部屋の壁は一面真っ黒だった。
女は固まる俺の腕を取って部屋へと引き入れた。
「あの壁は?」
和哉の問いに女は妖しく笑った。
「見ていらしたら?」
「じゃあ、お邪魔します」
俺は鼓動が早くなるのを感じながら、その黒い壁に吸い寄せられるように部屋の奥へと進んだ。漆黒と思えたその壁は、僅かに光沢があると知れた。さらに近づくと、空気が僅かに揺れ、壁が蠢いた。
「これは?」
壁が動くはずなどない。壁紙が浮いているのか。
「それは壁髪……。残念ね。あなたの髪は黒くない。黒くない髪を生やした頭は要らないの」
そう生暖かい息を首筋に感じながらささやかれた声に、俺の身体は硬直し、冷たく細い指で、脱色し傷んだ髪を弄ばれるままにしていた。
「ご飯、できたよ」
テーブルに出されたスープは、ゼラチン質の何かが浮かび、真鱈の白子に似た細かい繊維が集まったような食感の具が入っていた。それが一体何なのか。それこそ俺の脳が理解を拒んだ。ただその味は、魅惑的なほどに旨く、掬う匙を持つ手が止まることはなかった。
時折口に引っかかる長い糸のような物を無心で取り除きつつ完食した俺の頭を、再び女の冷たく細い指が這う。
「本当に、残念……」
黒い壁 西野ゆう @ukizm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます