私は父と彼氏を同時に失った

坂本 光陽

私は父と彼氏を同時に失った


 満開の桜が咲き乱れる並木道を眺めていても、花吹雪が舞いあがる情景を見ても、私の心を暗く閉ざされていた。


 父が突如、亡くなったからである。しかも、私の彼氏をプラットホームでめった刺しにしてから、列車に飛び込んだのだ。


 私は父と彼氏を同時に失ったことになる。一寸先は闇というが、灰色の受験生活を終えてバラ色の大学生活が始まったばかりだというのに、こんな悲劇が起こるなんて、誰が想像できるだろう。このシナリオを書いた神様は何て残酷なのだろう。


 警察の方から何度訊かれても分からなかったことがある。


 なぜ、父は東京にいたのか? 有給休暇をとって上京していたなんて、私は知らされていなかった。


 彼氏をめった刺しにしたことも信じられない。私たちは付き合い始めたばかりだ。彼氏ができたことを、なぜ、父が知っていたのか? なぜ、私の彼氏を殺さねばならなかったのか?


 わからない。いくら考えてもわからない。


 偶然だったとは思えない。一体何が起こっていたのか? なぜ、私がこんな目にあわねばならないのか?


 チャイムが鳴って、私は思考の迷宮から救い出された。ヨロヨロと玄関に向かいドアを開けると、顔馴染みになった刑事さんがいた。


 刑事さんによると、父は先週から有休をとって近くのアパートで暮らしていたらしい。初めて一人暮らしをする私が、そんなに心配だったのか?


 父の部屋からは不審な受信機が見つかったという。刑事さんは言葉を慎重に選んでいたが、どうやら盗撮と盗聴を行っていたらしい。


 ここまで聞かされて、やっと理解した。私の部屋には、父の仕掛けたカメラとマイクがあり、その二つのツールを介して父は知ったのだろう。


 私と彼氏が初めて結ばれた夜のことを。


 上京する前に、クマのぬいぐるみをもらった。父さんだと思って大事にしてくれ、と言われたが、まさか、その目にカメラが、その耳にマイクが仕込まれていたなんて……。



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