受け継がれるぬいぐるみ

温故知新

受け継がれるぬいぐるみ

「お母さん! 私、これが欲しい!!」



 そう言って、幼い頃の私がおもちゃ売り場で指をさしたのは、茶色い大きなクマのぬいぐるみだった。



「美羽、これでいいの?」

「うん、これがいい!!」

「だってさ、お父さん。どうする?」

「まぁ、美羽が良いって言ってるなら良いんじゃないか? それに……」



 満面の笑顔で期待に満ちた目を向ける私に、顔を見合せて苦笑いを浮かべた両親が、そっと私の前にしゃがんだ。



「いつも勉強を頑張っている美羽の誕生日プレゼントなんだからな。本人が欲しいものを買ってあげないと」

「フフッ、それもそうね」

「やったぁ〜!! お父さん、お母さん、ありがとう〜!!」



 喜びのあまり2人に抱きついた私を優しく受け止めた両親は、そっと笑みを零すと小さな体を包み込むように抱き返した。


 ちなみに、なぜ両親がクマのぬいぐるみを見て苦笑いを浮かべたかというと、単にクマのぬいぐるみの値段が高かっただけだったそうな。





 そんなことがあってから、数十年後。すっかり大人になり、好きな人と結ばれた私は、久しぶりに家族揃って実家に帰ってきた。


 すると、玄関先で何かを発見した娘が目を輝かせると、靴を脱ぎっぱなしにしたままリビングに向かって一直線で廊下を駆けていった。



「こら、真奈美。お靴はちゃんと揃えてからお家に入らないと……」

「ママ! 私、これが欲しい!!」

「えっ?」



 リビングに入ってきた私にそう言って娘が指さしたのは、誕生日プレゼントとして買った茶色の大きなクマのぬいぐるみだった。



「へぇ〜、ママの家にこんな可愛いぬいぐるみがあったんだ。知らなかった」



 いつの間にかリビングに入って娘の横で立っていた夫が、初めて見るぬいぐるみに感心しながらまじまじと見ていた。

 そんな2人をよそに、私は娘から見えないところで笑いを堪えている両親に小声で話しかけた。



『ちょっと! どうして、あれがリビングにあるの!?』

『だって、この前久しぶりにあんたの部屋を掃除していたら時に出てきたから、懐かしいと思って飾ったのよ』

『あぁ、しかもちゃんと洗ってケースに入れてな!』



 もう、恥ずかしいから止めてよ!!


 両親の温かい気遣いに、羞恥のあまり両手で顔を覆うとした瞬間、ぬいぐるみを凝視していた娘が私の足元に勢いよく抱きついてきた。



「ねぇ、ママ! 私、あれが欲しい! あのぬいぐるみが欲しい!!」



 キラキラした笑顔でぬいぐるみを強請ってきた娘に対し、何も知らない夫が娘の援護射撃をした。



「まぁ、お義父さんとお義母さんが良いなら、持って帰っても良いんじゃないか。大きくて可愛いし……何より、真奈美が気に入ったんだからさ」

「パパ……」



 ニッコリと微笑む夫を見てため息をつきそうになった時、娘のとどめの一言が降りかかってきた。



「ねぇ、ママ。ダメ?」



 不安そうに首を傾げる娘に観念した私は、小さく笑みを浮かべるとそっとしゃがみ込んだ。



「ううん、いつもお勉強にお手伝いを頑張っている真奈美のお願いだもの。おじいちゃんとおばあちゃんが良いなら、普段頑張っているご褒美としてその子を家に持って帰りましょう」

「やったぁ〜!! ママ、ありがとう!!」



 嬉しさのあまり勢いよく抱きついた娘を優しく受け止めた私は、『あの時、両親はこんな気持ちだったのかな』と思いながらそっと手を回した。

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