風来彷――ぬいぐるみを求む者――
如月風斗
第2件
俺は自分にあった仕事を求めて日々様々な仕事を渡り歩いている。だが、未だに俺にあった仕事を見つけることは出来ていない。
今日からリサイクルショップでバイトをすることになっている。リサイクルショップといっても大手のように家具まで扱うような大きな店ではなく、おもちゃやゲーム機、雑貨等を扱う小さい古臭い店だ。
薄暗い裏口から休憩室に入ると、遠くで数人が争う声が聞こえる。おおよそ客同士のトラブルだろうが、早々に面倒な事に巻き込まれる予感がして嫌気が刺す。
エプロンを身に着け店内に入ると、争う声とは裏腹に、小学生らしき少年と穏やかそうなばあさんが睨み合っていた。
一見少年は孫のようにも思えるが、どうやらそうではないらしい。大人気のないばあさんだ。
「何があったんですか」
「30分前からあんな感じなんですよ。本当に、こんなぬいぐるみで揉められても困りますよ」
気の弱そうな学生アルバイトの古谷くんは呆れた顔で嘆く。
カウンターには小さなイルカのぬいぐるみが横たわっている。水族館でよく見かけるものだ。新品のようにきれいだが、争うほどの価値があるようには見えない。ビーズで出来ているらしい赤い目に反射した光が目を刺す。
「お客様、どうされましたか」
「このおばーさんがさ、僕が欲しいって言ってるのにくれないんだよ」
顔を膨らませて少年は俺を睨む。そんなに睨んでも俺はどうにも出来ない。慌ててばあさんも俺に訴えてきた。
「こないだこれをここに売りに来たんだけどね、娘がどうしても取り返してきてってうるさくって」
「そうでしたか……。それでは、別の物を1点お選びいただくという形でいかがでしょう」
ばあさんは横に首を振る。どうしても譲らない気でいるらしい。新品に見えるが、よっぽど思い出が詰まっているのか。
どっちでも良い。早く折れてくれ。
俺は言い合う二人を尻目にイルカのぬいぐるみを手に取り眺める。300円と書かれた値札がしっぽに縫い付けられていた。それ以外はそこらの物と変わりないようだ。が、こいつの目がどこか気になる。
まさか、な。俺が昔宝石店に勤めていた頃に時々目にしたルビーによく似ている。だが俺も素人だ。第一、こんなぬいぐるみにルビーが使われているわけがあるまい。
仕方ない。少年の方を説得してみるか。小学生なら他のゲームやカードで妥協するかもしれない。俺はカウンターから出て、しゃがんで少年と目線を合わせる。
「本当にごめんね。おばあさんのとっても大事なものらしいんだ。他のゲームやカードじゃあ駄目かな」
「だめだって言ってんじゃん。僕はこれが欲しいの!」
体を揺らして叫ぶ少年。ますます面倒なことになりそうだ。他にお客がいないのはいいが、このままではどうにもならない。
古谷くんが少年を説得していると、突然少年は泣き出した。やはり面倒なことになった。このままでは店内で泣かれ続けることになるだろう。
すると、ばあさんは少年を見つめたまましばらく黙って、決意した顔で言った。
「こんなに欲しがっているのに譲らないなんてやっぱり出来ません。娘には諦めるよう言います。ボク、ごめんね」
「良いの?」
少年は潤んだ目でばあさんを見つめる。
「良いのよ。ごめんね。どうもお騒がせしました」
「いえいえ。どうかまた機会がありましたら、ご利用ください」
流石に泣きわめく少年からぬいぐるみを奪うことなど普通の大人には出来まい。そもそもあんなぬいぐるみに固執する大人の気が俺には分からないが。
古谷くんは気を利かせてお詫びとして割引券を渡す。ゆっくりとばあさんは店を出ていった。
「ありがとう。僕絶対大切にするからね」
「そっか。きっとイルカさんも喜ぶな」
すっかり涙も引き、少年は弾むように店から出ていく。俺も古谷くんも安堵のため息をつく。
「そういえば、今日が初日なのに大変でしたね」
「いえ、こういうトラブルには慣れてますから」
古谷くんは憐れむような目で俺を見つめた。
それからは暇で、これといって何か起こるわけでもなく長い一日が過ぎた。
勤務を終え、近くにあるコンビニに寄る。疲れた体を癒やすためチキンとコーヒーを買った。人気のないイートインスペースで流し込むように口に入れ、ゴミを捨てる。
カランとゴミ箱の蓋が鳴ると同時に、覚えのある物が一瞬見えた。少年の手に入れた、値札の付いたイルカのぬいぐるみだ。
だが唯一違うのは、ゴミ箱の中のぬいぐるみには俺を見つめる赤いあの目が無かったことだ。
まあ、少年の意図も、赤い目の正体も、それがその後どうなろうとも、もう俺には関係のないことだが。
風来彷――ぬいぐるみを求む者―― 如月風斗 @kisaragihuuto
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