おしゃべりな忘れもの
野森ちえこ
ぼくはぼく
ぼくがしゃべると人間はとても驚く。
驚いた人間はパニックになって、パニックになった人間は想像以上の残酷さを発揮する。
捨てられるだけならまだいいけど、防衛本能? ていうの? 燃やされたり、刺されたり、破られたり。ひどいよね。べつに襲ったりしないのに。
いつからしゃべれるようになったのかって? さあ、いつのまにか、気がついたらそうなってたんだよ。
ぼくがおぼえてる最初の記憶は、リエちゃんていう女の子。お父さんとお母さんがしょっちゅうケンカしてて、リエちゃんはいつもおびえてた。だからだろうね。そのちいさな手で、毎日毎日ぎゅうぎゅうとぼくを胸に抱きしめてた。
そのつぎが犬のニコ。白くておおきくて気のいいやつだったけど、なめたりかんだり、ぼくのカラダはいつもヨダレまみれでベトベトだった。あれには閉口したな。
それから、生真面目で口ベタで不器用で、家族からそっぽをむかれてしまったシゲじい。ぼくにこぼしていた本音の半分でも家族に伝えられたらよかったのにね。
ほかにもいろんな人と暮らしたよ。
帰ってくるなり火炎放射器なみの勢いでぼくに仕事のグチをあびせてきたチヨさん。
ぼくを相手に、告白の練習を一生懸命していたコウタくん。
恋人と別れるたび、ぼくを涙まみれにしていたミキちゃん。
みんなみんな、喜びも悲しみも共にしてきたのに、いつだってぼくには本音をこぼしてくれたのに、しゃべるぼくは怖いんだって。
まあ、おかげでぬいぐるみが口をきくのはおかしいんだってわかったから、ぼくもいちおう気をつけるようにはなったんだけどね。
でもほら、しゃべれちゃうからさ。同居人が悩んでたりすると、つい口をひらいちゃうんだよ。
でもそれで怖がられたり嫌われたりするんだから世話がないよね。
このカラダ? まさか。最初とは違うカラダだよ。うーん、何体目だったかな。ぼくにもよくわからないんだけどね。燃やされたり破かれたりしてカラダが壊れると、意識がぷつんと途切れるんだ。それで、つぎに気がつくと新しいカラダになってる。たぶん、近くにあるべつのぬいぐるみの中にぼくの魂がお引っ越しするんじゃないかな。
最初はたしかクマだったと思う。あとネコとかウサギとかライオンとか、変わったところだとアルマジロのぬいぐるみになったこともあったな。
このまるっこい、今のカラダはトリだって。なんのトリかって? 知らない。なんかどっかのサイトのマスコットキャラクターで、そのものずばり『トリ』って名前のキャラクターらしいよ。
どんなぬいぐるみになっても、ぼくはぼくのまま。不思議だよね。なんでぬいぐるみなんだろうね。自分の意思でカラダを替えることもできないし。
なんにもわからないけど、ぼくはぼくだからべつにいいんだ。そう思わない?
あ、おじさん今、心底どうでもいいって思ったでしょ。
おじさん、変わってるよね。いわれない? ぼくがしゃべってもぜんぜん驚かなかったし、フツーに会話してるし。
驚いてた? うそだー。だって、ぼくが思わず落としもののありかを教えたら、無言で拾って『ああ、ほんとうだ。ありがとう』っていったんだよ?
まあいいや。ここはなんのお店? バー? 知ってるよ。お酒飲むところでしょ。
今回の同居人——元同居人がぼくをここに忘れていったんだよね。
ぼくにとってはこれまででもっとも良心的な捨てられかただったけど、厄介ごとを押しつけられた格好になるおじさんにとってはいい迷惑だよね。ごめんなさい。
でもぼく、ほんとうにしゃべるだけなんだ。襲ったりしないし、ていうか自力ではほとんど動けないし、呪われてるわけでもたぶんないし、すくなくともぼくは人を呪ったりしないし、だから——え? いいの? ほんと? おじさんとこにいてもいいの? やったー! ありがとう!
そうだ。お礼になにかひとつ願いごとを叶えてあげるよ。
あれ? ほんとだね。これまでぼくの話をちゃんと聞いてくれた人がいなかったからかな。ぼくにそんな力があるなんて知らなかったけど、なんか急に頭ん中にぴかーんて浮かんできたんだ。できるみたいだよ?
ええ? なにもないの? なんかあるでしょ? 平穏な日常? そりゃ平和が一番だけど。そうじゃなくて! せっかくだし、なんか考えようよー、願いごと。
え、同居にあたっての条件? な、なんでしょう。
面倒くさい要求をしないこと……?
願いごと考えんのが面倒くさいって!
おじさん、やっぱり変わってるね。しゃべるぬいぐるみにいわれたくない? あはは。それもそうか。
まあいいや。わかった。でもなにか思いついたら遠慮なくいってよ。
では、こほん。
あらためて、これからよろしくお願いします。
(おしまい)
おしゃべりな忘れもの 野森ちえこ @nono_chie
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