あのころ、町には七つ本屋があって

君足巳足@kimiterary

ぼくには、いろいろなものがなかった。

 こんなことを言うと『愛書家』の方にひどく不興を買いそうで躊躇われるのだけど”あの頃”のぼくにとって本屋は本を買う場所である以上に、本を立ち読みする場所だった。”あの頃”というのはぼくが中学生の頃で、だから”金のない子供にとって”とでも読み替えてくれれば、(そしてあわよくば少しでも不興を堪えて貰えれば)と思うのだけど、じゃあ中学生のぼくになかったのが金だけかといえばそんなことはなく、好きとか嫌いを断じるほどの価値観も、一意専心に打ち込める対象も、愛想も根性もなかったし、学校にも家にも居場所がなかった。


 そして、バカみたいに時間ばかりがあって、

 住んでいた町には、バカみたいに本屋があった。


 具体的には学校から家に帰る道程だけで、少しの回り道で三つの書店と四つの中古書店をハシゴすることができた。そして、当時のぼくは授業が終わればとっとと学校を出たかったし、なるべくなら家に帰りたくなかったから、平日はほぼ毎日、そして休日でさえ(主に祖父母の喧嘩と彼らの難聴に合わせた狂ったテレビの音量から逃れるために)本屋を周回していた。歩き続けていて、読み続けていた。小遣いは買取金額の安定している新刊漫画に消え、それを売ってまた漫画を買い、金がなくなれば特価棚の漫画を立ち読みし、読み足りなくなれば小説に手を付け始め、そして人目につかない程度で切り上げては次の本屋に移る。それを繰り返した。


 毎日毎日。

 ぐるぐる。

 繰り返し。


 ぼくはこの生活のことを思い出す。この頃のぼくは果たして『愛書家』であったのかといえば、確実にそんなことはないと言える。今のぼくなりの倫理観のもとに、断言できる。ただ、それと同じくらいたしかなことがある。あの頃、ぼくの居場所は本屋だったし、本の中だった。だからだろうか、恥ずかしながら、いまだにぼくには現実と本の区別がついていないような気がするのだ。

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