ホンヤノアルジ
ミウ天
本に微笑みは必要か
俺にとっての本は、単なる読み物であり、商売道具に過ぎない。
本屋に勤めている俺は、その程度の自覚しかなかった。
話題作品。とある賞を受賞した作品。
そんな売れる本を置いて、見当たらない本の場所を聞いてくる客を案内する。その程度の話。
就職活動に失敗し、地元の本屋に勤めることにした俺は、日々鬱屈する日々を過ごしている。
元々本なぞ読まない俺にとっては、退屈極まりない仕事に過ぎない。
俺に本に対する思い入れなどない。
そう思いたかった、のだが……。
ある日のことだ。
とある女が来店した。
髪は長い黒髪で、毛先も特に遊んでいない。
色合いも含めて地味な服装で、印象としてはゆったりとした感じ。
眼鏡をかけて、表情はどこか暗い。前髪が長くて、表情を若干隠しているからだろうか。
とりあえず、そんな女がうちの本屋に来たのだ。
その女は印象に違わず、ゆったりと歩くと品定めを始めた。
初めは文芸コーナー。文学少女……と呼ぶには、随分と年齢……失礼、大人の方であるので言いにくい部分のところではある。ただ、送付と思うほど、いわば創作物での文学少女と呼ばれる存在が、この世に実在したならこの人なのだろうと印象付けられる風貌だ。だからこそ現代文学の棚を静かに眺めるその姿は、語彙量のない俺でも詩や俳句を口ずさみたくなる程の、所謂絵になる姿であった。
そのまま気に入った本を読むのかと思いきや、ふと視線を変えて奥の方へと向かっていく。
ふとその向かう方向を見ると、児童文学コーナーがあった。しかしそれも素通りする。
流石にあれと思うと、そのさらに奥のコーナーは確か何があっただろうかと考えると、女は目的地に到着した。
そこは絵本コーナーだ。それも幼児向けのものが多い。女はふと大きくデフォルメされた熊の絵の書かれた絵本を手に取ると、それを開いた。
ふと女の表情を見ると、無愛想とも思えた女の顔には、小さくとも笑みを含めていた。
結果として、女はその本を購入していった。
文学少女のような印象から、文学的小説ではなく、幼児が好みそうな絵本を微笑みながら読むその姿は、どうにも滑稽に思えた。
しかし、それがどうにも俺の頭の中に残り続ける。
試しに同じ本を読んでみたが、特に俺は笑いはしなかった。
なぜ彼女は笑ったのか。どうにも俺は気になって仕方がない。
だからこそ俺は、今日も彼女が来るのを、こうして待ち続けるのだろう。
ホンヤノアルジ ミウ天 @miuten
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