私の町の本屋さん

久路市恵

本屋さん

 歳を重ねて、ひとつひとつのことが気になってしょうがない。


 他人ひとのことなんだから、他社の事なんだから、そう思いながら、この社会の中で生きている。


 ある日、回転寿司に行けば、満席だからって、やる事ないからって、店員同士がいつまででも、お喋りしている。


 私が若い頃、サービス業はいつでもお客さんに目を配ってた。


 ある時は、お弁当屋さんで小さな子供が、


「ママ!オシッコしたい」


 ママは慌てて、


「すみません。トイレお借りたいんですけど、貸してもらえませんか」


 レジにいた若い女性店員は、


「トイレはありません」


 素っ気なく言い放ってそれっきりだ。


 小さな子供が我慢して、顔を歪め、もじもじしている。


 小さな子供だぞ!


 従業員用のトイレがあるだろう!


 臨機応変って言葉を知らんのか!


 お客さんだろう!


 それが客に対しての態度か!


 他人事だけど血圧上がるんじゃなかろうかぐらい……むかついた。


 ある夜、ドラッグストアで、


「この商品どこにありますか」


 と空の容器を見せて訊ねると、


「3番です」


 と応えるだけだ。


「なかったんですけど」


 と言うと、


「じゃあ、無いんですよ」


「……」


 歳を取って辿り着いた世の中は、こんなに下落したところだったとは……なんとも虚しく情けない。


 これで世の中が成り立ってるとわな。


 この世界で生きるためには、無関心にならなきゃいけないのね。


「哀しいわ、誰がこんな世の中にしたんだよ」


 そんなこんなでストレス溜まる。

 

 ストレス溜まると溜まったストレスは解消しなきゃならんだろうと、


 そんな時、


「私の拠り所はここにある」


 何時間でもいられる場所、そう!


「本屋さん」


 あっちに行ったり、そっちに行ったり、くるくるくるくる回って、大好きな作家の作品を見て回るの。


 でも、探す事が下手くそな私はすぐに店員さんに訊いてしまう。


「すみません。ちょっといいですか」


「はい、なんでしょうか」


 とても可愛らしい若い店員さんだ。


「宮部みゆきさんの『ぼんくら』ってどこにありますか、探せばいいんだけど訊いた方が早いから」


 と言うと、


「ええ、訊いてくださった方が早く見つかりますよね」


「「ふふ」」


 互いに微笑んだ。


 店員さんはその作品が置かれている場所へと案内してくれた。


「あなたみたいな店員さん、まだいるのね」


「えっ……」


「ちゃんとしてる」


「ちゃんと?」


「そう、客をちゃんとお客様だと思って接客する若い子」


 店員さんは満面の笑みだ。


「ありがとうございます」


「いいえ、『こっちがありがとうございますだわ』助かります」


「私は小さい時に母に買ってもらった絵本を見て本が大好きになりました。いつからか本屋の店員さんに憧れて、いつ頃からか本屋に勤めたいと思うようになったんです。私には理想の本屋像があるんです。お客様とお話ししながら本を探したり、面白いと思った本を紹介したりするような。でも、なかなか理想通りには……あっ!」


店員は口元を手で隠した。


「なに?どうしたの」


「いえ、お客様に自分の話なんかして、すみません。宮部みゆきさんの『ぼんくら』はこちらです」


「ありがとう。とてもいいお話だわ、いつかそんな本屋さんを作ってよ。ねっ!」


「はい、ありがとうございます」


 レジを済ませて店を出た私、


「まだまだ、世の中捨てたもんじゃ無いわね」


 今日は快晴、心も晴れやか!


 私が生きてる間、ずっとずっと、ここに、在り続けて……くださいね。


 「ここが、私の拠り所、私の町の本屋さん」


 the end












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私の町の本屋さん 久路市恵 @hisa051

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