ポイント・オブ・パーチェス

篤永ぎゃ丸

読者を手招く、手書き文字

 その本屋は、どこよりも静寂で、どこよりも言葉が騒がしい所だった。ふと店内に足を踏み入れれば、紅茶をかき混ぜたような世界に、人は溶け込む。


 耳を癒す音楽なんて、そこにはない。いや、目が忙しいあまり、誰も気付いていないと言った方が、正しいのか。視界を埋め尽くすのは、興味の無い本、知らない本。そして、手書きPOPの数々。


『新しい愛のカタチが、ここに!』


 桃色と黄色に彩られた声が、目に飛び込んできた事を今でも忘れない。全然話題になってない一冊の恋愛小説。恐らく女性店員が書いたと思われる、可愛らしい有彩色の文字が私の足を引き止めたのだ。


 今まで恋愛ものは、漫画で満足していた。キュンとする絵とセリフさえあれば、それで良かったのに。気付けば、一冊手に取っていた。


『あなたも、絶対騙されます!』


 青い色紙いろがみに、赤いマーカーぺンでラインを引いて強調する所がなんとも誠実。それが主張してくるのは、硬派なミステリー小説。人生で一番無縁な分野のはずだったんだけど。


 でも、挑戦意識が刺激される。あらすじが、結末を求めて頭から離れない。達筆な字は説得力が増すってまさにこの事だ。怖いもの見たさで、手を伸ばしてしまった。


 どっちも、目的の本ではなかったのに。探していた本じゃないのに。手書きの紹介文が導いた、本との出会いは、読書体験は、良くも悪くも色褪せない記憶な訳だけど。最近はどうも、その機会が減ってしまっていると——ふと、思う。手元に本屋があるせいかもしれない。


 興味のままに、評価や話題を参考にして、指で本をポンと選べばいい。とっても楽。あまりにも便利。今までと同じ、読書。同じ、本との出会い。


 なのに、今になって、違いを探してる。経験が、再現を求めてる。だから検索した。答えが見つからない、あの本屋の店舗情報が無い。閉店していたなんて、知らなかった。


 ああ。身近な文字の声が、聞きたい。

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ポイント・オブ・パーチェス 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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