戦地の本屋
柳生潤兵衛
願い
去年から始まった侵攻は激しさを増している。
隣国が突如侵攻してきて、ハイウェイと森を挟んだ隣町は、ずっと占領されたままだ。
ワシらの国もただ奪われるだけなわけも無く、激しく抵抗し多くの若者の命が散っている。
この町も、多くの建物が破壊され、住民も逃げ出して一割も残っているだろうか?
六十年続けてきた――ワシの人生そのものと言ってもいい本屋は、今や風前の灯だ。
侵攻開始以来、この店に新刊が届くことはない。
「お爺ちゃん、お願いだから外国に避難して? せめて私達の住む首都まで逃げてよ」
「いや、ワシには店がある」
「お店って言っても、お客さんはいないんでしょ? またミサイル攻撃があるかもしれない、空爆されるかもしれない。今度こそ命が危ういわ! お願い、逃げて?」
「……すまん。ワシには店がある」
子どもや孫らからは毎日電話があり、ワシを心配してくれている。
客となる人間がいなくなっているこの町で、本屋を続けることなど無い。早く避難しろ、と。
だが、ワシは人生を捨てられない。
人々の世界を拡げる本を、生活に彩を添える本を、人生を導く指針となる本を、届ける役目を果たし続けたい。
戦火は激しさを増し、店の中にいても砲撃音や銃声が聞こえてくる。
それでもワシは毎日店を開ける。
自宅はとっくに破壊された。
この店は、妻を随分前に亡くしたワシに残された唯一の宝物。
そんな言い方は子や孫には悪いが、彼らには彼らの人生ある。
ワシが宝物として仕舞い込んでいいものではない。
だから、ワシの宝物はこの店だけだ。
もし敵の兵隊がこの町に侵攻し、この店を奪いに来たら……。
ワシはこの店を守る盾となる。
武器など持たない。
ただ両手を広げて盾となる。
こんな老いぼれなど、何の役にも立たんで殺されるだろう。
その後に、この店に並ぶ本を見て何かを感じてほしい。
願わくば、敵国の兵が本を燃やすような悪魔では無いことを祈る。
戦地の本屋 柳生潤兵衛 @yagyuujunbee
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