真夜中の本屋

今福シノ

邂逅

「どうしてこの店には照明が1つしかないんですか?」


 レジカウンターに置かれた小さな電気スタンドの明かりを目指して、1冊の本を抱えてたどり着いたぼくは、たまらずそうたずねた。


 真夜中の本屋。

 同僚からそんな名前の本屋があると聞いて会社帰りに寄ってみたが、なるほど「真夜中」というのは営業時間のことではなく、店の中の様子のことを表しているようだ。

 であれば、電気スタンドの白熱電球は夜空に浮かぶ月だろう。外から入ってくる光もわずかで、まさに夜そのもの。おかげで店内を歩くのもひと苦労だが。


 それよりも特筆すべきは、棚に並んだ本のタイトルがまったく見えないということだった。なので必然的に、ぼくが今しがた選んだ本もどんなものなのか知る由もない。


「簡単なことですよ。い本というものは、思いがけずして出会うものだからです」


 ぽっかりと照らされたレジカウンターの向こうから、鈴の音のような美しい声が聞こえてくる。きっと若い女性だろうと想像するけれど、真っ暗なので表情さえもうかがえない。


「思いがけず、ですか」

「はい。本とは元来がんらい、そういうものではないでしょうか」

「……そうかもしれませんね」


 思わず笑みがこぼれた。呼応するように、白熱電球がジジジ、と音を立てる。

 ぼくは手に持った本をレジカウンターに置く。暗闇に塗りつぶされた表紙が徐々に色づいていく。それは初めて見る推理小説だった。作者も聞いたことがない。


 彼女の言葉を聞いてかえりみみる。最近は電子書籍や通販ばかりだった。それが悪だとは言わないが、こういう邂逅かいこうこそ、ぼくの心に雨を降らせるのだと。


「770円になります」

「はい」


 淡々と会計を済ませ、今度は入口の薄明かりを頼りに店を出る。いつの間にか外も同じような夜空が広がっていた。


 これを読み終えたら、また行ってみよう。

 今度はどんな本とめぐりあえるだろうか。

 そう考えると、ぼくの心は踊った。

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真夜中の本屋 今福シノ @Shinoimafuku

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