境界のまわりを彷徨う点

石月 ishitsuki

第1話 闇と柘榴

闇と柘榴


 真っ暗なまちの中に、柘榴がひとつ落ちてきた。柘榴はまちの底の尖塔にあたって二つに割れ、弾け飛んだ。その勢いで、ルビー色に透き通った実が数粒、闇に放たれた。

 転がった先は洞窟を歩いているとふいに開ける小空間のような、窪みだった。そこは比較的柔らかな闇だった。

 真っ暗なまち、といってもすべてが均質な暗闇というわけではない。そこにはむらがあり、グラデーションがある。たとえば尖塔のある地区はこれ以上ないほどの漆黒の霧に覆われているが、塔のしたに降りていくと、灰褐色の川がとろとろと流れているのに気づかされる。ときにその川はミルクが垂らされたような明るさと艶やかさを帯びることもある。そんなとき、まちはその身を居心地悪そうにくねらせながら、元に戻るまでの数日を耐えて過ごす。

 さて、その窪みは軽く撓んで割れた柘榴を受けとめた。このような弾力性が残されているあたり、このまちはまだ年若く、齢相応の速さで時を刻んでいるらしい。そう、けっして異常ではない。ただ、みずからを濃い闇で彩ることを望んできたというだけの話だ。

 だがいま、そのようなまちにしては些か稀なことが起きていた。平時なら落ちてきたものは次第にまちの色彩に取り込まれていく。先述したように、落ちてきたものの影響で一時的にまちの一角が色を変えることもあるが、数日で元に戻る。だがこの柘榴は、窪みの床をみずからの果汁で紅く染めはじめ、ひと月を過ぎても鮮やかなルビー色を放っていたのだった。

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