第2話 プロローグ2

「成績はおまえを傷つけない」

 トマリの頭にはそれがこだましていた。良い成績を取ったばかりにイジメられたと思っていたが根本的なものはもっと単純でもっと馬鹿げたもの、それは嫉妬というにはあまりにも美化されすぎていた。ストレスの捌け口だ。

 それに気づいたあの日から、トマリはわざと悪い成績を取ることをやめた。いまだに「成績はおまえを傷つけない」とこだましている。実際に次のテストからは一桁順位を維持し続けた。それでも昔のようにイジメは始まらない。あの頃と変わった点があるからだ。それはトマリが周りに順位を自慢をしなくなったこと。人から嫉妬を買わなければ、こんなにも過ごしやすいなんて、とトマリは感じていた。いっときの愉悦のために成績を自慢していた昔が懐かしい。もう少しで高校生活が待っている。トマリは県内でも屈指の進学校を目指している。今日も受験の不安と新生活の期待を胸に昇降口を抜ける。


「きもいんだよ」


 トマリの顔目掛けて上履きが投げつけられた。


「おまえ、高校行くなよ。雑魚なんだから」

「トマリくん、友達いないのに高校なんていったらもっといじめられちゃうよ?」

「いまだにのうのうと生活してるの強すぎだろ! おれなら死んじゃうわ」


 入試2日前に畳み掛けられる。どこからかトマリの成績を聞きつけたあの時の主犯格と取り巻きに下校路を塞がれた。トマリの心臓は汗をかいている。もう終わったと思っていたイジメが再びは始まったことに驚きを隠せず何も言い返せない。


「はいトマリ君、転んじゃって可哀想にね」

「おいー! 腕怪我したら受験できないぞ! はははは!」


 トマリをわざと転ばせようとして取り巻き1人がプロレス技を仕掛ける。


「やめてくれ!」

—-肩が潰れる音


 

 足をかけられたトマリは必死で肩にしがみついた。しかし、豆腐を握るかの如く取り巻きの肩は崩れていく。


「!!!! ああああ!!!!」


 トマリの心の変化は彼を強くさせていた。

 動かなかったはずの両腕は、そうなる前のおよそ何百倍もの握力になっている。


「いまのおれがやったのか? なんなんだこれ…」


 トマリの頭に思い浮かんだのは「入試に悪影響が出てしまう」こと。こんな奴らのために人生を棒に振るうなんて、取り巻きを見つめたトマリの顔は憎悪に満ち溢れている。


「どこだあいつ! リョートの肩潰したくせに逃げやがった!」


 もちろん逃げてなどいない。むしろ過ちへの後悔で足は動かない。トマリの目の前でいじめっ子たちが騒いでいる。トマリの存在を認知していない新手のイジメかと思ったが、そんな対応ができるほど彼らは冷静ではないと一目瞭然だ。肩の出血をみて血の気が引いているもの、それをみて怯えるもの、警察に任せようと提案するもの。


 関わりたくないという思いは、トマリの姿を消していた。


 心の傷を乗り越えたことで特殊な力を手に入れていたのだ。いじめっ子たちは取り巻きを担いで交番へと急いだ。

 自分の力を確認するように手のひらを見る。沸き立つような感情が押し寄せる。「これでクズを皆殺しにできる」とさえ思った。未知の力を携えたまま家についた。

 最近テストの出来があまりにも良いトマリが帰って来たため上機嫌で出迎える油具夫人。後ろでは今日もワイドショーが流れている。その中でニュースキャスターは見覚えのある建物の前で報道していた。


「現場です。つい先ほど、ここ和光市の中学校にて人を切り裂く怪物が発生しました。現在は機動隊に鎮圧され、処分が完了した模様です。しかし、ここに在籍していた中学生6人が巻き込まれて意識不明の重体です」


 トマリの中学校が映し出されていた。テレビに飛びついた。


「トマリ、こんなストレスがかかる内容を見るのはやめなさい」


 そいうと夫人にチャンネルを回された。息子の中学校で起きた事件だというのに、どこか狂ってるとさえ思える夫人のストレス忌避。しかし今日は入試2日前、雑念は入れたくない。机に向かう。


 翌日、登校するといじめっ子と取り巻きの5人と優等生1人の机に花が刺してあった。この優等生はトマリと同時にイジメられていた男の子だ。トマリは直感した。あのニュースに映っていた怪物、その正体がこの子だったと。トマリは心の傷を乗り越えたが、彼は違った。コンプレックスに飲み込まれ、暴走し、コンプレックスを与えた人間を殺戮した。一歩間違えると自分がそうなっていた恐怖に身震いをする。トマリに優しく接してくれたのは彼だけだった。そんな彼は今、コンプレックスに飲み込まれて崩壊し、怪物扱いされて駆除されたのだ。誰かが手を差し伸べてあげれば、誰かがコンプレックスを取り除いてあげられたら、彼は怪物になどならなかっただろう。そして、こんな人間がこのストレスの蔓延した世の中には沢山いる。トマリは手のひらを見つめた。

 昨日手に入れたスーパーパワーを活かすならここしかない。

 彼と同じ運命の人を出さないために。

 ボクがそうなってしまう筈だったんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

COMPLEX タナカ @reek-2023

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ