COMPLEX
タナカ
第1話 プロローグ
「また出現しました! 今度は中年男性がターゲットの模様です! 現場は凄惨な状況です」
油具夫人は昼間からうるさめのワイドショーを垂れ流している。自分の好みではない内容が放送されると慣れた手つきでチャンネルを回す。最近のワイドショーは苦手な内容ばかり取り上げる。火を吹いたり素手で人を切りつけたりと、最近おかしな連中の内容ばっかりだ。リモンコンを取り、好みのボタン(8と10)をCMごとに行ったり来たりしている。夫人は、ストレスに感じることをできるだけ限り避けて生きてきた。夫は職場に、息子は学校に行っているため午後の昼下がりは夫人の絶対時間なのだから。
「あー、いやだいやだ。昼間からストレス感じちゃうところだった」
お菓子の屑しか残っていないお皿を台所に持っていく。夫から「あとちょっとで着くよ、トマリのケーキを買っていて遅くなったよ」そんな電話に愛嬌を振りまいて返答し、皿洗いを始める。今日はトマリのテスト結果が返ってくる。帰ってくる前に祝賀会の準備に取りかかっているのだ。
「ただいま」
食卓にはカレーや焼き鳥、ほうれん草を使った夫人自慢の創作料理などなど、トマリの好きな食べ物やそうでないものもたくさん並べられている。そこにちょうどトマリが帰って来た。夫人は今朝からトマリのテスト結果が楽しみでしょうがなかった。なぜなら頭のあまり良くないうちの家系では珍しく頭がずば抜けて良い子に育ったから。だから、明らかにトマリを見つめる口角が緩んでいた。
「お母さん、ごめんなさい」
一瞬何が起こったか分からない夫人はトマリが渡して来た紙を取り上げる。そこにはクラス順位13位と書かれていた。夫人が予想していた一桁の数字とだいぶかけ離れている事実に唖然とする。
「トマリ、なんの冗談なのかしら! 焦らしはよしてよ。さて、本当の順位教えてくださいな」
夫人の言葉を最後に、トマリからの返事はない。明らかに今までとは違う。今までストレスを避けてきた夫人の顔色から赤みがスッと消えていく。家の外でバックを始めた車の音だけがこだましている。
「ただいまー。トマリ、どうだった!」
凍りついていた室内に入るや否や父は察したらしく「あまり私たちにストレスをかけさせるな」と言い放ち自室に向かった。
どれもこれも、親友(いや今ではトマリを弄ぶ悪魔の方が正しいだろう)の影響だ。テスト順位が毎回トマリに勝てない、そんな些細ないざこざから始まり、エスカレートして、終いには孤立させられるほどのいじめを受けて来た。しかしトマリの順位が落ち始めると、次第に勢いは収まっていった。トマリは学校に向かうと両腕が動かなくなる。それに加えて良い成績を取れる科目でさえもあえて点数を低くしていた。もう2度とあの頃には戻りたくない。その思いでいっぱいだった。
「ごめんなさい」
トマリは家を飛び出した。油具家のある和光市にはたくさんの小さな公園がある。その中でもトマリお気に入りの公園は少し広く、駅近くのため大通りに面しており賑やかだ。しかし、今日はそこではなかった。人目があまりない目立ちもしない小さな公園だ。そこにロープを持って走って向かっていた。帰宅を急ぐ車と反対方向に走っていく。帰りのチャイムも鳴り終わったので公園には人が1人もいなかった。木にロープをくくりつけて覚悟を決める。
「おい、少年。それやる前にちょっと付き合ってくれないか」
首に輪を通したところで後ろから野太い声が聞こえた。立っていたのは顔二つ分は下らない白髭を携えた老人とも言えない、ただ若者でもない紳士だった。最後に人のお願いを聞くのも悪くはないか、と紳士の元へ向かう。
「おまえさん、フラれたんだろ?」
呆れた。引き止めておいて原因探りか。この人にもストレスがあるんだろうが最後の覚悟を決めた人間を捌け口にするなんて趣味が悪い。そう思ったトマリは返答もせずに紳士から離れる。
「いや、失敬失敬。ちょっとからかっただけだ。ま、今時の学生がどんな甘酸っぱい青春しとるか聞きたかったのは確かだがな! ワタシの実験に手を貸してくれぬか?」
よく喋るジィさんだ。冥土の土産で人のためになるならと実験を承諾した。
「今からワタシが言う言葉に対して、直感で感じたことを言葉で返してくれぬか」
そういうと、紳士はいきなり「青色」と口にした。トマリは何をされているのか分からないままそれに対して「綺麗」と答える。そのあとも「ラクダ」「コップ」「マンガ」と続いた。およそ100回繰り返したあたりで紳士は再び「青色」と口にした。そこからは先ほどと同じ単語が繰り返された。
「おっさん、こんなことしてまだ俺をからかってるんですか?」
「そんなことない。もう今のでわかったぞ。おまえさん、勉強が苦手? いや違うな、勉強は好きだけど勉強が嫌いだな? なぜだ?」
「う、うるさい! 何を適当なことを」
「なるほど、人間関係のもつれだな?」
「人間関係がどうしてべんt…勉強に関わるって言うんだ!」
「良い環境には良い成績、悪い環境にはクズしか集まらん。学校の成績が全てではないなどという悪魔の囁きに騙されるなよ。高校に行くまで耐えろ」
そう言い残して公園を去っていた。トマリは悩んだ。学校の成績が全てだと? いつの時代の話をしているのか、と。「成績が悪くてもお金持ちになれる。学校は個性を潰すところだ」そう世間に教育されて生きて来たトマリにとっては受け入れ難いことだった。それにしても、せっかく終止符を打とうと思っていたのに、あのジィさんに水を差された…
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