本屋と幼馴染とバズらない僕

黒上ショウ

本屋と幼馴染とバズらない僕

「これこれ。SNSですっごいバズってる小説なんだよ」


 苺谷芽衣いちごたにめいは、本屋の小説コーナーで平積みにされている本をドヤ顔で掲げて、隣に立っている蒼井悠真あおいゆうまに見せつけた。


「この前まで、小説なんて現実の役には立たないんだからみたいなことを言ってなかったか、芽衣?」


 悠真は遠慮のない言葉で、幼馴染の芽衣をちくちくと攻撃する。だが、少し楽しそうな顔をしている。


「それは……悠真が読んでるようなブンガクとか、何とか学みたいな難しく考えちゃってる本のことを言ってたの!」


 芽衣は掲げていた本を下ろし、いかにも不満そうな表情を作って、自分の顔を悠真に近づけていく。


「これは続きが気になって、私が朝まで夢中で読んじゃうくらい面白い本なんだから。悠真もいつか読んでよ?」


 芽衣はバズってる小説を再び悠真の顔の前に掲げ、何十万部突破、映画化決定、SNSで大人気、と書かれた本の帯を指差して見せる。


「こういう流行り物にとりあえず乗ってみるのも楽しいよ? 新しい発見?みたいな」


「そうだな。気が向いたら読んでみるよ」


 悠真は、誰かの提案をかわすときのお決まりのセリフを言った。


「はいはい、今日のところはこの辺にしといてあげる」


 芽衣はそれをわかっているので、バズってる本を元の場所に戻し、隣に置いてある文庫本を手に取った。


「今日はこの小説を買いに来たの。これもバズってたんだけど、ちょっと難しい雰囲気のやつだからまだ読めてなくて」


 芽衣は、白い表紙に不思議な男性の絵が書かれた文庫本を、悠真に向けた。


「悠真ならこういうの詳しいんじゃない? どういう本なのか教えてよ」


「いや、そのレベルの大作家先生の作品だと僕にもわからないよ……」


「そういうものなのね。余計に興味が湧いてきちゃった。これ買っちゃおう」


 芽衣は興奮した様子で、文庫本の裏のあらすじを見直していた。


「そういえば悠真は、小説とか書かないの?」


 不意にかけられた芽衣の言葉に、悠真の表情が少し緊張するが、


「書けたらいいとは思うけどね。そう簡単なもんじゃないよ」


と、すぐに返事をしたので芽衣に気付かれることはなかった。


「悠真が小説を書いたら、私がインフルエンサーになってSNSでバズらせてあげるからね」


 芽衣は冗談っぽく言ったが、こういう目をしているときの芽衣は本気で突っ走りかねないので、悠真は照れと焦りで目を逸らす。


「そうだな。気が向いたら書いてみるよ」


 自信なさげな姿を見せる悠真を見て、芽衣はポンポンと肩を優しく叩いた。


「悠真の良いところがわかるのは私だけかもしれないけどね。でも大丈夫、芽衣ちゃんの名プロデュースでバズらせてみせるから」


 芽衣はいたずらっぽい笑顔で言うと、バズってる大作家先生の小説を手に、本屋のレジへ軽やかな足取りで向かう。芽衣の背中を、悠真は優しい目でじっくりと見つめている。


 芽衣の姿がレジの先へ消えていくと、悠真は平積みの台から、芽衣が夢中になって読んだというバズってる小説を手に取り、レジの列へと向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本屋と幼馴染とバズらない僕 黒上ショウ @kurokami_sho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ