あなたの町の本屋さん
千石綾子
あなたの町の本屋さん
バイト先の本屋のレジ打ちもようやく慣れてきた。今日は平日ということもあり、お昼交代の間は私一人でレジを任されている。
──暇だ。最近はネットで本を買う人の方が多い。しかも今や電子書籍がライバルだ。勝ち目はあるんだろうか、と思うこともある。
今日は日曜日だというのに、ぐるりと店を見渡してもお客さんはまばら。
小さい子供を連れて、背中にもう一人の子を背負ったお母さんは、熱心に絵本を選んでいる。
あとは園芸の本をじっくり吟味している常連のおじいちゃんと、料理雑誌を手に今日の献立を考えている風の近所のおばさん。
最後に、少年漫画雑誌と手の中のお小遣いを交互に見ている小学生。彼はうちのお隣さんだ。
お金が足りないなら少しはおねーさんが出してあげてもいいよ。そう声をかけようとレジカウンターから出ようとした時、お店のガラスのドアが開いた。
私の顔は青ざめていたに違いない。そこに立っていたのは、スキンヘッドで鼻と唇にピアスをつけた強面の男だった。
強盗? ヤクザ? いやいや、この顔は確実に2、3人は殺っている顔だ。
店内にいたおばさん達も同じ事を思ったらしく、入り口から距離をとって移動していった。
男はきょろきょろと辺りを見回すと、雑誌のコーナーへと姿を消していった。
──万引きだ。
私は直感した。今度こそレジカウンターから出て、そろりそろりと雑誌コーナーへ向かう。
怖いけど、万引きは許せない。背後から近づくと、案の定男は背中を丸めてゴソゴソと何かをしている。意を決して声をかけようとしたその時、男がくるりと振り向いた。
「!!!」
私も男も驚いて、叫びそうになるのをこらえて深呼吸した。
「……レジ、いいっすか」
私に見つかって観念したのか、男は会計をすると言い出した。そわそわしていて相変わらずその
男の手には銃の雑誌とナイフの雑誌が。いかにもといったラインナップだが、何かおかしい。
よく見るとそれらの雑誌の間に、何か別の本が挟んである。
ははーん。そうか。
これはきっとエッチな雑誌だ。顔を覚えられているいつものコンビニでは買いにくい、とかそんな理由だろう。
いいですとも。
そんな貴方に寄り添う、町の本屋でありたい。なんて思う。
「お預かりいたします」
一番上の雑誌のバーコードを読み取るために手に取った。するとその下には……。
『にゃんこの気持ちが分かる本 〜へそ天特集〜』
表紙にはもっふもふの猫が仰向けになって、文字通りおへそを天に向けて眠っている。
私は男とその雑誌を交互に二度見した。彼はますます挙動不審に。
そうですか。その風貌で、猫が大好きですか。マスクの下で私はにやにやと笑っていた。
「ありがとうございました。またのご利用お待ちしています」
会計を済ませるや否や、真っ赤になった強面の男は紙袋に入った雑誌を引ったくるようにして受け取り、逃げるように帰っていった。
この雑誌の今月号は特別号で人気があり、ネットや大型書店では品切れ状態だと聞いていた。
町の小さい本屋だからこそまだ在庫があったと言えるだろう。そもそもあの猫の雑誌は売れると踏んで、私が店長にお願いして多めに仕入れていたものだ。
彼はあの雑誌欲しさに本屋をはしごしていたに違いない。お役に立てて嬉しいですよ。
困った時には素直に頼ってくる。
そんな貴方に寄り添う、町の本屋でありたい。なんて私は思うのだ。
了
(お題:本屋)
あなたの町の本屋さん 千石綾子 @sengoku1111
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます