第30話/はなれない距離(終)
夜の町を散歩するというのは、独特のワクワクがある。
というのが『今まで』の、灰海深夜の楽しみの一つであった。
高校二年生、可愛くて美人でラブラブの彼女持ちであるならば、友達と遊ぶより彼女と過ごす方を選ぶようになって。
「――――あれ?」
夜風を感じて歩いているのに、街灯の明かりがアスファルトを照らし風情があるというのに。
どうしてだろうか。
(なんかこう、足りない気がするんだよね)
いつもは夜に出歩いているというだけでワクワクするのに、世界の中で自分だけが楽しんでいるような特別感があるのに。
どうにもこうにも、色褪せて思える。
もしかして飽きてしまったのだろうか、それとも徘徊ルートを変えた方がいいのか。
(そうだっ、砂緒の家の近くを通るルートに……、いやそれ不審者扱いされても仕方なくない??)
深夜散歩といえば聞こえはいいかもしれないが、深夜徘徊と言い換えれば一気に不審者感がでる。
そもそも、お巡りさんに見つかれば補導されてしまう趣味だ。
歩く場所はしっかり考えないと、親にも学校にも迷惑がかかるというもの。
「あー……今日は早めに切り上げて帰るかなぁ」
気がつけば思い出深い交差点の近く、ならばこの先のコンビニで立ち読みでもしてから。
そんな算段を立てていた時だった車道を挟んだ先、横断歩道の向こう側に見覚えのある人影が。
向こうも慎也の姿に気づいたのか、大きく手を振りながらぴょこんぴょこん飛び跳ねてアピール。
「おーいっ、おーい慎也くーーーーん!! きーぐーうーだーねーっ!!」
「こーんばーーんわーーッ!! 砂緒こそどーーしたんだーー!!」
信号機は赤、彼女は待ち切れなさそうに足踏みしながら駆け出す構え。
慎也は車が来ないかどうか左右をチェックしながら、砂緒を待ちかまえる。
それにしても、部屋着のまま出てきた慎也と違って彼女は随分とお洒落をしている気がして。
(ほほー、オフショルニットにスカートとは中々……もしや今日は仕事あったのかな?)
自分の彼女は何を着ても似合うのではなかろうか、そんな事を考えている内に信号は青。
彼女はちゃんと、左右を確認してから出発。
あっという間に駆け抜けたかと思えば、当たり前のように抱きついてきて。
「やったやったっ、慎也くんだぁ……ん~~っ、会えると思ったの! 絶対に慎也くんと会えるってっ!!」
「というともしや……俺に会う為にお洒落して出てきたの?」
「もち! どう? こーゆー格好好きでしょ~~」
「すっごい嬉しい……超似合ってる、世界一カワイイよ砂緒っ! 今すぐキスしたいくらいだ」
「いいよっ、ばっちこい!」
「でもダメー、その先が我慢できなくなるからね」
行き先も決めず、一緒に歩き出す。
砂緒はムムムと唸ったあと、悪戯な笑みを浮かべて。
「誰も見てないよ? キス……しちゃおうよ」
「君が綺麗に引いた口紅を汚したくないからね、我慢するよ」
「いけずぅ、でも百点満点あげちゃおうっ!」
「光栄だねぇ、――――あ」
そうか、と慎也は気づいた。
彼女はきょとんと目を丸くして、小首を傾げる。
「さっきさ、一人で歩いてて楽しめなかったんだ。……きっと砂緒が一緒じゃなかったからだって」
「私と一緒じゃなきゃダメな体になっちゃった? ふふっ、それなら嬉しいな」
「俺はもう、砂緒から離れたら生きてる意味がなくなるかもだね」
「実はね……私もっ!」
彼女は慎也の右腕にぎゅっと抱きついて、少しばかり歩きにくくなったがそれが楽しくて。
周囲の景色が急に鮮明に見えてくる、夜風に揺れる木々のざわめきは極上のBGMだ。
今なら、この夜の街を堪能できる、夜回りしている教師に見つかっても楽しめそうだ。
「よーし、ならコンビニでオヤツでも買ってさ。食べながら行き先でも決めようよっ!」
「うーん……それもいいけどぉ……せっかく会えたんだし、ね? 分かるでしょ?」
「なるほど? イチャイチャしたい気分だと。じゃあ公園にでも行こうか」
「公園っ! 私……青姦は初めてだけど、慎也くんがしたいなら……きゃっ、私ってばだいだーんっ」
「ちょっと砂緒?? なんでそんなアタマ真っピンクなワケ? というか青姦とかしないよ?? どっから出てきたのそんな単語??」
グイグイ来るにも程がある、付き合い立ての恋人、特に男子高校生の場合はシたがるというが。
どうして自分達の場合は、砂緒の方がそうなのか。
これでは、折角の深夜散歩が卑猥な意味に変化してしまう。
「むしろ慎也くんの方がヘンだよ、だって私たち恋人同士でしょ? 四六時中愛し合いたいに決まってるじゃんっ」
「夏の頃より頭のネジ外れてない?? 大丈夫? 学校の授業中とか我慢できる??」
「――――女の子にだって、性欲はーーっ、あるッ!! それに私たち、ずっと擦れ違ってたじゃん! …………慎也くんは、世界一可愛いお姫様を獣のように愛するべき」
「成程、じゃあ禁欲しようか」
「なんでっ!? どうしてぇッ??」
がびーんと大口を開けて驚いた砂緒であったが、何故かふむと頷いて。
瞳をギラリと輝かせて、慎也のTシャツに手をかける。
「焦らしプレイっ!? そういうコトよねっ!!」
「ぐおおおおおおッ!? 流石に隠れる所もない歩道の上でそんなコトする趣味も意図もないから焦らしてもないから!! 君が甘えたで色ボケしやすいって知ってるけど、うおおおおおおお力で負けてるっ!? このままだと犯される!?」
「ぐっへっへ、よいではないか、よいではないかーっ」
(不味いッ、どうにかして正気に戻さないと!!)
どう考えても今の砂緒は、慎也への愛が暴走している状態だ。
近い将来、どちらかの部屋に同棲となるのも時間の問題だろう。
だが今は目の前の危機、彼は咄嗟に打開策を思いついて。
「――――このままスるなら、ウチの親に挨拶させないよ」
「ッ!? そ、そんな!?」
「あー、残念だなぁ……、自慢の彼女をウチの親に会わせたかったのに、未来を考えて挨拶させたかったのになーー」
「はいっ! はいっ! 今から私は完璧で清楚なお姫様!! 慎也くんのお父様とお母様の手みやげは何が良いですか!!」
「大丈夫チョロすぎない!?」
「大丈夫慎也くんだけだし今日は私の部屋で朝まで一緒だし」
「なるほど、初耳だね」
もしやこの歳にして干からびるのでは、と若干の心配があったが。
ともあれ、二人は再び歩き出す。
すると彼女が思い出したように、小さく「ぁ」と呟いた。
「そうだ、今度指輪買おうって言ったじゃん。私ね、他にも欲しい物があるの」
「お揃いのピアスとか? 君がするっていうなら穴開けるけど……」
「ううん、そうじゃなくて……小さな箱がね、ひとつ欲しいの」
「小さな箱? ジュエルボックスとかそんなのかい?」
「うん、指輪をね。――パパとママの指輪を入れようと思って」
「それって……――」
慎也は驚きに目を見開いた、砂緒が何時いかなる時でも肌身離さず持ち歩いている宝物。
両親の形見である結婚指輪、それをしまうと彼女は確かに言ったのだ。
「いいのかい?」
「私はもう平気だから、慎也くんと一緒ならこの先なんだって乗り越えていける、二人なら……何処へでも行けるもんっ」
「なら、いつか俺たちの子供や孫に渡せるように。これからは沢山幸せになろう」
「今も幸せだもん、これからはもーっと幸せに違いないって思うんだっ」
「そっか……なら君をもっともっと幸せに出来るように、一緒に幸せになる為にさ――俺も砂緒のご両親に挨拶させて欲しい」
「…………慎也くん、うん、うんっ! 私も紹介したいっ、だから一緒に行こうねっ!」
そう言う砂緒の目からは、涙が溢れてきて。
けれど慎也は悲しくなかった、この涙は彼女が両親の死という呪縛から解放された証。
――――、二人の、幸せの証。
自然と言葉が出てきた、九院砂緒という少女を喜ばせたくて、もっと一緒に幸せになりたいから。
「高校卒業したらさ砂緒、結婚しようか」
「えっ!? ほ、ホントッ!?」
「プロポーズは君が忘れた頃にサプライズでするから楽しみにしてて」
「あーっ、慎也くんだけずーるーいーっ、私が先にサプライズプロポーズしちゃうんだからねっ」
「ほほーう? ならどっちが先でも――」
「――答えはイエスでっ!!」
二人は満面の笑みで見つめ合うと、何回もキスを交わす。
その微笑ましい光景を、まんまるのお月様だけが見ていたのだった。
――――俺はまだフラれてないったら!! 終
俺はまだフラれてないったら!! 〜記憶喪失の子と恋人になったら記憶が戻った途端、俺のこと全部忘れられてたけど、彼女が記憶喪失の時に側に居てと言ったので頑張ろうと思う〜 和鳳ハジメ @wappo-
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます