第29話/君がいるだけで



「どうやらボク達は心配しすぎたみたいだな」


「そうみたいね、――帰りましょうか」


「折角だし、ボクらも久しぶりに遊ばないか? デートじゃなくて、アノ話も無しにして、昔みたい」


「…………ここに来るのは初めてだし、ええ、あの砂緒ちゃん達みたいにわたし達も――」


 慎也と砂緒を見守っていた二人、一蓮とのぞみは少し離れた場所で顔を見合わせて。

 これ以上はヤボというものだし、そもそも尾行したことすらヤボだったのかもしれない。


(――のぞみお姉ちゃん、なんでボクから……いや、今は素直に楽しむか)


(ごめんね、いっくん。……いつか、いっくんがもう少し大人になったら全部話すから――今は、今だけは昔みたいに仲の良い本当の姉弟みたいに)


 一蓮とのぞみは、慎也と砂緒の姿から少しだけ踏み出す事を決めて。

 この年の離れた二人の行く先が決まるのは、まだ先の話。

 彼らが他のスペースに移動した一方で、落ち着きを取り戻した慎也は羞恥心でいっぱいいっぱいだ。


(うわぁ……スッゲー恥ずかしいいいいいいいいいいいいっ!! こんな時に泣くとかさぁ!! …………あー、でもなんつーか砂緒と一秒でも離れたくないっていうか)


(私も泣いちゃったけど、メイク落ちてないよね? ううっ、確認したいけど離れたくなーーいっ!)


 柱の陰で二人は抱き合ったまま、お互いのぬくもりが心地よくて体を離せない。

 目の前にいる女の子が、腕の中にいる可愛い存在が。

 目の前にいる男の子が、抱きしめてくれる頼もしい存在が。


(あーもう、好き、すっごい好きだよ砂緒……)


(ん~~っ、このままキスしたいっ、しちゃう? えへぇ驚くかな、でも……まだ取っておく? 出来れば慎也くんから――)


(――こ、これは……キスしていい雰囲気!? いやでもまだ告白してないし、するか今、いやでももっと人の少ない所でしたい、する、うん、何とか体を離して移動しないとッ)


(あ、……告白、されちゃう――――っ)


 どきどき、どっきどっき、ばくばく、二人の心臓は早鐘を打つように早く、高く鳴り響く。

 視線が合って、絡んで、自然と両手の指を絡ませあってしまう。

 でも、まだだ、まだダメだと必死に堪えて。


「…………砂緒、ちょっと他の所に、いっ、行こう」


「ッ!? う、うん……どこにでも、ついてく」


「うっ、うん、手を、つなっ、繋ごうっ」


「わ、わかったっ」


 今から告白だと思うと慎也は緊張に緊張して、言葉も動作もガチガチになってしまった。

 それが砂緒にも伝わってしまって、頷きひとつにしてもぎこちない動きになってしまう。

 離れたくないのに、急に触れ合っているのが恥ずかしくてしかたがない。


(うおおおおおおおおおおおおおおおッ、緊張!! 緊張するうううううううう!!)


(う゛う゛う゛っ、なんでそんなに緊張してるの慎也くん!? 私まで、き、緊張してきたぁっ!)


(考えてみれば俺、人生初めての自分から告白ッ、するのか俺ッ、ちゃんと告白するのか!!)


(はぁ~~~っ、ドッキドキしてきたぁ……されちゃうんだ、慎也くんから初めての告白ぅ……え? こんな幸せなことがあっていいの?? 夢、じゃない、よね??)


 夢ならば覚めないでほしい、と砂緒はうっとりしながら慎也の腕に己の腕を絡めて。

 歩きながら、彼はそれに答えるように指と指を絡めて恋人繋ぎ。

 時間の流れがやけに遅く感じる、周囲の人がとても多く思えるのに世界で二人っきりに感じる。


 無言、心臓の音が己が存在していることを証明し、傍らの体温が相手の存在を確かだと思えた。

 ゆっくりと歩く、歩幅をあわせてゆっくりと進む、もう水槽なって見ていない。

 人が少ない場所を探そうとする気すら、徐々に失せていく。


 周囲の壁が水槽になっているエスカレーターを通り抜け、天井がガラスで大きな水槽になっている広間も通り越し。

 イルカが泳ぐ水槽の前に来た時だった、ペンギンショーが開始されるというアナウンスが流れる。

 今しかないと慎也は直感し、きっと今だと砂緒は確信する。


 二人とも首筋まで真っ赤になったまま、人々の流れとは反対方向へ。

 時折チラチラと相手を見ては、視線があってしまいすぐに顔を背ける。

 どうしてこんなに緊張するのか、素直に己の気持ちを言うだけなのに。


 ――もう、どの場所にいるか分からない。

 ――もう、歩くのすら耐えられそうにない。

 気がつけば繋いだ手は離され、向かい合っている。


「ぁ、……ぅ、お、俺、――――ッ」


 もどかしい程に言葉が出てこなかった、簡単な言葉なのに、どうして、どうして、どうして。

 目をかたく瞑り、一度だけ深く深呼吸。

 そんな慎也の姿を、砂緒は祈るように両手を合わせて、潤んだ瞳でその時を待つ。


「す、ァ、っぁ~~~~っ、お、俺、俺はっ」


(頑張れ、頑張れ慎也くんっ)


「き、聞いてくれ砂緒、言いたいことがっ、つ、伝えたい事があるんだっ」


「うん、……うんっ」


 すぅー、はぁー、ともう一度深呼吸。

 体がガチガチに強ばっているのが分かる、頭の中が真っ白で用意していた言葉が上手く思い出せない。

 砂緒が期待に満ちた目で見ている、言わなければ、言わなければ、言わなければ、慎也は一度強く目を瞑り大きく見開いた。


「…………好きだ砂緒、ずっと一緒に居たいって思ってる、もしこの先でもう一度君の記憶がなくなっても絶対に恋人だって名乗るし絶対に思い出させる」


「慎也くん……っ」


「――俺と恋人になってくれ、君と一緒に幸せになりたいんだッ」


「……………………ぁ」


 瞬間、ぽろぽろと砂緒の大きな目から涙がこぼれた。

 彼女は返事をしようと一生懸命に口を開くが、感極まって言葉が出てこない。

 なんて答えるかなんて分かってる、でも緊張の一瞬で。


「――わた、私も、大好きっ、です! よろしくおねがいしますっ!!」 


「~~~~~~ッ、ぁ、うっしっ、やったぁっ!!」


「やったよ! やったよ慎也くん!!」


「砂緒……砂緒っ!!」


 二人のいるフロアには、少ないが他の者もいたが今の慎也と砂緒には目にも入らず。

 感情の赴くまま、ひしと固く抱き合って

 もう時間の感覚などな、一瞬にも永劫にも思える時間が過ぎ去った後。

 ――顔と顔が近づいて、そしてゆっくりと離れた。


「えへへぇ……、キス、しちゃったね。初めてじゃないのにスッゴく恥ずかしい感じっ」


「俺……幸せすぎて死んでもいい」


「だーめっ、もー、私より先に死んじゃだーめ。死ぬ時も一緒だよーっ」


「お? 可愛いが過ぎないかい??」


 ここは天国だろうか、天国は水族館にあったのだ。

 二人の間にあった問題はすべて解決し、後は幸せしか待っていない。

 そう思ったら、急にお腹が空いてきて。


「お腹空いてこない? そろそろお昼にしようよ」


「うんっ、食べる食べるー。レストランあったよね、そこに行こう!」


「食べ終わったら、おみやげ物屋も行こうか。今日という記念の日に何か買いたいんだ」


「それイイッ!! じゃあ私ぃ……指輪が欲しいなー……とか?」


 慎也はうむむと考えた、確かにそれは良いアイディアに思える。

 だが、彼としては。


「ネックレスとかさ、ペアグラスとかそーいうのにしない? 指輪は……後日またちゃんとしたのを二人で選びたい。君の宝物である指輪にさ、僕ら二人の指輪を加えたいな」


「~~~~っ!! 大好き慎也くん!!」


「んーー、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ。…………ね、ご飯食べたらぁー、もっと二人っきりになれるところ……行かない?」


「ほほう、それは実に興味深い提案だね」


 さてどーしたものかと慎也は真剣に悩んだ、一見すると蜂蜜なお誘いに思えるが。

 割とまじめに砂緒という女の子は、純真なお姫様という所がある。

 ならば。


「明日の朝までずっとエスコートさせてくれるかい砂緒? 夜になったら花火を買って公園で花火したり、その後は夜空を見ながら散歩。それまでは――」


「もっともぉーーっと、水族館を楽しんじゃおうっ! いえーーいっ!!」


「いえーーいッ!!」


 その日は、二人にとって忘れられない日になった。

 最終的に慎也の部屋に泊まった後、朝起きたらダラダラと昼まで過ごしてから、三十分ほどかけて別れを惜しみ砂緒は帰っていた。

 部屋に一人になった慎也の心は、まだ余韻で満たされていて。


「…………夜になったのに眠れないや。しかたない今宵も深夜の散歩とでも洒落込もう」


 秋の涼しさが混じるようになった夜であるが、まだ長袖などの厚着をする気温ではない。

 深夜はTシャツに短パン、サンダルという気軽な格好で外に出たのであった。





※次回、最終話という名のエピローグです


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