第56話
少年院から出所して、数年経った。
その日は東京にも雪が降った。繁華街の片隅で、俺は日本一高い電波塔を見上げながら、立ち尽くした。コートで身をくるみ、白い息が漂うのを眺めている。
背後から「エイジ君!」と声をかけられた。髪の長い女だ。俺は女の注文を受けて、近場にあるホテルに入った。セックスが済んで、料金を請求すると、女が延長を要求した。俺は拒んだ。女は紙幣を置いて去ろうとしたけど、呼び止めた。
「イトウユウタって人、知ってる?」
「……知ってるけど、なんで?」
「どんな人?」
「大学の同級生」
「……何を勉強してんの?」
「教育学。うちと同じ夜間コース。でも、最近は見かけないな。知り合い?」
「うん。そいつ、頬に火傷ない?」
「無いよ」
「そっか。じゃあ、いいや」
「なんで、イトウユウタって人、探してんの?」
「とりあえず、客に聞くんだよ。でも、どうせ会えないし、会う気もない」
「じゃあ、なんで聞くの?」
「……なんも? 意味無いよ」
「変なの」
女はドアを開いた。
「もしも、お前の知ってるイトウユウタって人が死にたがってたら、俺の元に連れてきてよ。一緒に死んであげるから」
冗談か本気か曖昧な微笑を浮かべた。
「別に、友達じゃないけど……声かけとくよ」
ドアは閉じられた。俺は灰色の部屋で、目を瞑った。
裕太の部屋が蘇ってくる。二人で凍れる音楽を聴きながら、耳を塞ぎ合った。
僕にだけ聴こえる音楽 二八 @nihachi28
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