第55話

 その後、裕太は無事に退院したが、高校受験には間に合わなかった。到底、試験なんか受けられる状態ではなかった。退院後も、セミの抜け殻のように、日々を過ごした。学校にも行けず、不登校のまま、卒業証書を家で受け取った。

 高校の二次募集もあったが、受けなかった。両親も無理強いせず、裕太の心の回復を望んだ。しかし、レールを敷いてあげていた息子の人生が壊れて、気が気でなかった。将来のことが全く想像できず、宙に吊られた。

 本来ならば、裕太が高校生になっていたはずの四月を迎えた。外には、桜が舞っている。裕太は新しい制服など着ない。父は嘘の単身赴任から戻った。母は『せめて、通信制の高校に通って、勉強だけでもしたら……』と考えて、父に相談した。父も同意して、裕太にそれとなく勧めると、「だったら、専門学校にいきたい」と言った。数か月ぶりに、息子が希望を口にしたので、両親は喜んだ。「何の専門学校に行きたい?」と聞いたが、裕太は心も無く語った。

「この家から出られるなら、何だっていいよ。父さんと母さんに迷惑かけたくないから」

 本当に両親を思いやっての言葉ではない。育てられた恩はあるけど、裕太は両親が鬱陶しくなっていた。皮肉だが、過保護に甘やかされた裕太は栄治のおかげで、遅い反抗期を迎えられた。ようやく、親と別れて、一人の人間になることを望み始めたのだ。

 両親は就職に有利な専門学校を探したが、裕太は興味を示さなかった。姉が両親に相談されて、一緒に東京で暮らすことを提案した。裕太は藁でも何でも縋って、家から出ていきたいから、姉の提案をすぐに受け入れた。




 五月になってから、僕は東京で暮らし始めた。加奈は僕を励まして、賑やかな観光地に連れて行ってくれた。渋谷でも、原宿でも、池袋でも、丸の内でも、何でも見せてくれた。でも、一時的に楽しい気分になったって、アパートに帰れば、また虚しくなってしまう。

 加奈はバイトすることを提案した。僕もアパートに閉じこもることに嫌気が差していたから、傷だらけの顔をマスクで隠せる清掃員として働き始めた。収入を得て、貯金していくと、加奈は「何でもいいから、好きなもん見つけて、そのために稼いだお金をつかいな」と助言してくれた。

 空っぽになった僕は栄治のことを度々、思いやった。今は少年院に入っているらしい。面会したいけど、親族でなければ無理だった。栄治には、大紀以外の親族がいるのか? 『そういえば』と気づいた。

 僕は栄治のことを何も知らない。両親の罪のことは深く知り合って、憎悪し合ったはずなのに。

 僕は栄治に会うべきじゃないって、分かってる。どんなに心が澄まなくても、澄ませるなんて、永遠に無理だから。それでも、会いたい。僕は栄治に磔にされているんだ。

 栄治が出所した数年後、どこかの町ですれ違いたい。永遠にどこにも辿りつけなくたって、いい。僕に唯一のこされた人間らしい執着が栄治なんだ。

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