【KAC20231本屋】砂埃の星、眠る物語、始まりの靴音
世楽 八九郎
この漫画の最終巻を探して
砂混じりの風が吹き抜ける。
朽ちかけた大小の建物以外に遮るものはなく、大通りに風切り音が響いた。
人通りは絶えて久しいのか目につくほどの屑もなく、なにもかも一様に乾き細々としている。
そんな荒廃した街のなかを進む人影があった。
それは人間に近いシルエットをしているが、全体的に丸く分厚い。その巨漢は絨毯のように敷き詰められた埃に足跡をつけながら一人進んでいく。足取りは不自然なほどに軽快で、その足跡の間隔はサイズに似つかわしくないほどに広い。まるで飛んでいるかのようだ。
実際この巨漢は飛んでいた。全身を覆っている船外活動用スーツの歩行アシストを使用することで荒れた地上を悠々と踏破しているのだった。
「ナブールゥ、こちらは収穫なし。そっちは?」
「面白いものがあった。サスティも来なよ……って、向かってるか」
サスティと呼ばれた彼は通信相手のナブールゥの元へ向かっていたがナブールゥが口にした『面白いもの』に反応すると推進機構を加速させた。
馳せ参じたサスティの眼前には一軒の建物があった。朽ちかけであることに違いはないが、ほかと比べれば幾分マシな保存状態であった。相方のナブールゥはそのなかにいるようだった。
「ナブールゥ、どうした?」
「見てよ、サスティ。本だよ」
「本ぅ?」
乾き色褪せた紙の束を敷き詰めた棚が並ぶ狭い室内にナブールゥはいた。
壺を押し潰してそこから2対の太い脚と4対の細腕を生やしたシルエットのスーツを着用した彼はその細腕でボロボロの頁を繊細に捲っていた。
ナブールゥのその姿を見てサスティは天を仰いだ。
「おいおい、おいおい……本て⁉ まじかよ、ナブールゥ!」
「まじだよ。これ、オリジナルだぜ。
「
「ああ、伝達効率が低いため廃れた行為だ」
「実体験した知り合い、いねーよ」
「僕もだ」
紙面を追うナブールゥの姿を見てサスティはハッとして詰め寄った。
「読めるのか⁉」
「分からない。まったく理解できない訳ではないのだが……」
容量を得ない回答にサスティがじれったそうにすると、ナブールゥは一冊を開いて見せた。
「この、視覚情報を伴ったもの、マンガというらしい。これなら理解しやすいと思ったのだが……どうだ?」
「ふむ……」
サスティは相方の無数の細腕が指し示す動きに合わせてマンガを目で追った。その動きは速読に近いものだった。
彼は速読を終えるとしばし押し黙ってから、感想を口にした。
「やたらと人物像が属性に縛られている割に解釈の余地が多すぎやしないか?」
サスティの言葉にナブールゥの細腕たちが合掌する。
「ああ! 強調が技法であることは理解できる! それにしても過度な気がするし、一貫性に重きを置いているのであれば、どうしてこうも解釈の幅を持たせた⁉」
「まったくだ! 伝達技術として、完成度が低い!」
「だから、この本屋とやらだけでもこれだけ本があるに違いない。この種類の多さ
は伝達効率の低さの証左だ」
「なるほどな、廃れてしかりというわけだ!」
星の海からの来訪者たちは本という遺物の欠陥に得心すると揃って高笑いした。
アパパパ、ふぁしゅるふぁしゅるふ、と彼らの笑いが廃屋にこだまする。
「……ところで、ナブールゥ?」
不意にサスティが相棒の方へと身を傾けた。その声音にナブールゥがふぁしゅると笑った。
「続き、だろ?」
心得たものでナブールゥはその細腕で件のマンガを掴んでおり、サスティにそれを渡してやった。
「呆れるくらい非効率な形態を採った上で、どう完結させるのか。僕も知りたい」
2人は互いの手を打ち鳴らし合った。
星を渡る旅人2人は本屋の床に腰を下ろすとマンガを読みふけり始める。
そして彼らはすぐ知ることとなる。いま読んでいるマンガの最終巻が店頭に並んでいないこと。
「「つ、続き! 続きが! 読みたい‼」」
今度は悲鳴が廃屋にこだました。
アビャビャビャ
ふしゃらら、ふしゃらるぅ
これは星を渡る旅人が終わった世界で物語を歩みだす、キッカケのお話。
【KAC20231本屋】砂埃の星、眠る物語、始まりの靴音 世楽 八九郎 @selark896
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