柄木書店

黒羽冥

第1話柄木書店

俺の家の近所に昔からある本屋。

聞く所によると俺が生まれる前からあるらしい。

本屋の名は『柄木書店からきしょてん

生まれて初めて『本』という物との出会いはそれは衝撃的だった。

俺にとって知識の山となった近所の本屋の店主のおばあちゃんは幼い俺に無償で本を読ませてくれた。

思い出もあり俺にとってはこの本屋は幼い頃の遊び場であった。

だが俺は小学校を卒業すると引越しをし、この本屋とも縁遠くなっていた。

そんな俺がずっと気にかかっていた本があり今日こうして再び懐かしの本屋に来ているのだ。

今手にしている本は古びた棚の上から二段目、ギリギリ今の俺が背伸びして届く所にあったんだ。

「ふぅ~タイトルだけ見て子供の頃から面白そうだなと思ってたんだよな。」

俺がそう言うと後ろから誰かが話しかけてくる。

「あのぉ~~~。」

「ん?」

俺が後ろを振り向くとエプロンをつけた一人の女性が立っていた。

眼鏡をかけたその瞳はどこか不思議な今にも吸い込まれそうな瞳だったんだ。

「あの…その本…。」

「えっ?これ?」

俺は本を女性の目の前に見せる。

「はい…この本に興味あるのですか?」

「えっ?ああ…まあ……。」

俺は彼女と何故か思い出話をする事になり昔からこの本屋に来ていた事…この本にずっと興味を惹かれていた事。将来身長も伸びてこの本を手に取れるようになったらこの本を読もうと決めていた事。

等を話したのだ。

「そうだったんですね…それで今日がその日なんですね?」

「はい…と言っても実は俺子供の頃はこの辺に住んでいたんですけど今は隣町に住んでいて散歩がてら昔を思い出してこの本屋に立ち寄ったんですけどね?」

俺が正直に話すと女性はにっこり笑顔になる。

「ここの本屋…思い出してくれたんですね!本当にありがとうございます!」

「あ…いや……。」

「この本屋は初代は江戸時代らしいですよ…それから何百年とこの街に有り続けている本屋なのですよ?」

「そうなんですか?そんなに昔からあったのか。」

「でも…今は本離れをしている時代になってしまってね…寂しい限りですよね。」

「確かに…でも……俺また来ます!」

「えっ?」

「せっかくまた来たのだから通いますよ!」

「いやいや…君は優しいね。」

女性はそう言いつつも寂しげな表情をしている。

「今日はこの本ください!おいくらですか?」

俺が財布を取り出すと女性は俺の手を収める。

「この本は…プレゼントします、ですからこの本屋の事を忘れないでください。」

女性はそう言うと俺に本を渡してくれた。

「忘れる訳ありませんよ!また来ます!」

俺は照れながらそう言うとドキドキしながら本屋を後にした。

また来る事を心に誓って…。

一週間後…。

「ふぅ…今日は休みだし、さて…本屋…っと…あれ?」

俺が例の本屋に辿り着くとそこには本屋の建物も何もかもがなくなり更地になっていた。

「マジか…。」

俺は全身の力が抜けた様なそんな気持ちになる。

すると後ろから誰かの声が…。

「あれ?貴方は…。」

「えっ?」

俺が振り返るとそこに立っていたのは本屋で会った女性だったのだ。

「あ…約束通り来てはみたんですけど…。」

俺のその言葉に女性は寂しげな表情をみせ口を開く。

「実は…貴方が来てくれた日で本屋は閉めたのです…貴方が最後のお客様になってしまいましたが…私は貴方に救われました。」

俺は彼女にこれから伝えたい事があって話すのだ。

俺の伝えたい事…それは……。

俺がこないだ彼女から貰った昔からずっと読んでみたかった本…。

本の名前は…『柄木書店からきしょてん

そう…この本にはこの本屋の歴史が綴られていたのだ。

「あれから俺…こないだいただいた本読みました。」

「そう…ですか……。」

彼女は更に寂しげな表情で俯く。

俺の言葉に彼女は無言の訴えを感じる。

「それで!柄木書店の歴史を知りました!」

「どこまで読んだのでしょうか?」

「本屋の始祖の江戸の瓦版屋さんから始まり…一昔前明治…大正昭和…平成…そして現代…令和まで…。」

「そうでしたか…では…今この令和に柄木書店が存在してなかった事…も理解出来ましたか?」

彼女はそう言うとふわりと身体を浮かせていく。

「ええ…柄木書店はもう…存在してなかったんですね……。」

「ええ…きっと貴方が柄木書店と私を覚えていてくれたから…こうして会う事が出来たんですね…。」

彼女の身体は光り出す。

「えっと…。」

俺が言葉をつまらせると彼女はにっこり笑顔を見せる。

「柄木書店の最後のお客様はきっと貴方だから…。」

彼女の身体はうっすらと徐々に消えていく。

「長い間ありがとうございました!」

こうして俺の幼少期からあったのかそれすらも不確かな俺に起こった出来事は終わりを告げたのだ。

ありがとう!

そう彼女は言い残した気がした。

そして俺は天を見つめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

柄木書店 黒羽冥 @kuroha-mei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ