如月弥生、見参!(KAC2023①本屋)

風鈴

如月弥生、高校生になる!

 黒髪ロングの、一人の女子高生が、真新しい靴と制服を見に纏い、ネイビーブルーのスクールバッグを肩にかけて校舎へと続く川沿いの道を歩いていた。


「おっはよ~、弥生!」

「あっ、おはよう!皐月さつき!今日は早いのね」

「でしょ~?だって、初日だし」


「おっす、めっす、ぶっす!」

「ちっ!睦月むつきか!コノヤロー!」(皐月)

「おはよう、水無月みなつきくん!」(弥生)

「おっさきー!」

 水無月は、走り過ぎて行った。


「相変わらずね、水無月くんは」

「あのバカ!高校生になってもあの調子なんだから」

「皐月、水無月くんには厳しいのね」

「なんでよ!弥生が、その聖女のような優しさを見せるから、男どもが図に乗るのよね!」

「うふふふ、わたし、聖女なんかじゃないから」

「わかってるわよ、でもね、男子たちはわかってないワケよ。ほんと、男子ってバカなんだから!」


 川沿いの道には、桜並木が続いているのだが、今年は開花が早く、花は4月初めにはもう散っていた。

 その代わり、新緑の淡い黄緑色の葉が芽生えて、春の息吹を感じさせていた。


 朝の陽光が弥生の黒髪を輝かせ、春風にその黒髪がなびく。

 まるで、黒ビロードのようなそれは、確かに明るく輝いてはいる。

 しかし、視える者が視れば、夜の闇を連想させる射干玉(ぬばたま)のような光りをそれは放っていた。


「『ぬばたまの の更け行けば 芦原の 清き川原に からすしば鳴く』、か?」

「うん?なんか言った?弥生?」

「うん?なにも。ただ、皐月の髪、オレンジ系にしたのね」

「そう。思いきって、高校デビューよ」

「ステキだよ、皐月」

「そう言ってくれるの、弥生だけだよ~」


 彼女達の通う高校はヘアカラーや髪型は自由であり、個性を尊重することは規律を損なうものではないという考え方が今や支配的なのだった。


 因みに、弥生、皐月、睦月は同じクラスとなった。

 これは偶然の産物ではなく、選択科目や希望進路が同じようなコースだった為なのだ。


 こうして始まった高校生活だったが、直ぐにクラス委員を決める恒例の選挙が行われようとしていた。


 ――――クラス委員長、これだけは絶対に、絶対に、イヤだから!私の高校生活、まずはこの関門を乗り越えないと!


 如月弥生の周りでは、コソコソと弥生を見ながら話す生徒達が多数居た。


「お前の名前、2月の如月だよな?」

 前に座っているガタイの良い男子が話しかける。

「そのようです」

「そうか、頑張れよ、委員長さん、くっくっく」


 ――――ヤバいよ、このままじゃあ、わたし、また高校でも委員長になっちゃうじゃん!


 中学生時代、彼女はずっと委員長をしていたのだ。

 なので、彼女の事を委員長と呼ぶ者が多い、特に男子で。

 弥生は、名前で呼ばれたいのだった、特に男子からは。


「さて、先ずはクラス委員長から決めても良いか?」

「先生!ちょっとよろしいでしょうか?」

「何だ、如月?」

「クラス委員を決めるにあたっては、順序があると思うんです。先ずは立候補、そして立候補者が無ければ推薦、それも無ければ投票による選挙。私達は小学校の時から、そう習って来ましたし、それが民主主義だと教えられてきました」

「うん?まあ、そうだな。では、立候補は無いか?」


 シーンとする中、楚々と手を挙げる者が居た。

「うむ、そうか、委員長に」

「はい、先生、副!委員長に立候補します!」

「うん?副委員長か?それで良いのか、如月?」

「はい、立候補します」

 どよどよとどよめくクラスだったが、弥生の勢いに押された形で、弥生は委員長を回避し、副委員長となった。


 その日の放課後、友達の多くが部活の見学に行く中、弥生は一人、帰宅組となり大好きな書店巡りをするのだった。


 弥生は思惑通りのスタートが切れたことに満足し、気分は上々だった。


『あかねさす 日の暮れゆけば すべをなみ たび笑いて 書や探さむ』(㊟すべをなみ=どうしようもなく)

 とか、弥生は心で短歌を唱えていた時、まだ入った事の無い本屋を見つけた。


 ――――こんな本屋、あったんだ~♡

 こんな本屋とは、古びた一軒家の木造建てで、中を覗くと大きな柱が書棚とうず高く積まれた本の間に見え隠れしており、到る所に本が雑然と置かれていた。古本がメインの本屋らしかった。


 中に入ると、弥生は、奇妙な予感にワクワクした。

 弥生は、まるで見知ったかのように奥の方へと一直線に進み、とある本を手にした。

 その本は、真っ赤な表紙に黒い六芒星が描かれていた。

 弥生は、オカルト的なモノに興味があり、その本の中を見たかったのだが、立ち読みできない様にしっかりと封がしてあった。

 値段を見ると100万円とある。

 ――――買えないよ…でも…中身が気になる~


 しかし、買えないモノは仕方が無いと、本を元に戻し、その本屋を出ようとした。


 その時だった!


「もしも~し!お嬢さん~!あんた、その本、黙って持って行くつもりかい?」

「えっ?」

 弥生は、自分の手を見ると、そこにはあの赤い本が握られていたのだった。

「えっと、ごめんなさい!わたし、何てことを!お返しします!ごめんなさい!」

 弥生は気が動転していた。


 本を元の所に戻そうとした時、弥生はその本が光った気がしたが、それよりも居たたまれない気持ちで早くその場を去りたかったので、あまり気に留めなかった。


「ごめんなさい、言い訳かもしれませんが、万引きをするつもりなど無かったんです。この本も、手には一度取ったのですが、値段がお高いので元に戻したはずなんですけど、申し訳ありません」

 弥生は、とにかく、正直に謝った。


「ふむ、その本、欲しいのかい?」

「えっ?えっと、その~、封がされてるんで、中身がどんなのか、ちょっと知りたいなって」

「そうかいそうかい」

「あっ、でも、100万円もするので、買うなんて出来ませんし」

「ふむ、そうじゃな。あげるよ、それ」

「へ?」

「あげるよ。どうやら、その本はあんたを気に入ったようじゃ」

「えっ?どういうことでしょう?」

「だからあげるって。私の気が変わらないうちに、さっさと持っておき!」

 ギロっと睨まれた弥生だが、それでもこんな高価なモノをタダでなんか頂けないと言った。

 しかし、店主はこのやり取りに飽きたのか、それとも、もう弥生のことには興味を失くしたか、目を瞑って口を閉ざした。


「あの、ホントに持ってって良いんですか?でもでも、これって…。それじゃあ、ここで封を切って中を覗いてもよろしいですか?」


 店主は黙っており、まるで置物のように動かず目を瞑ったままだ。


「あの、ホントに良いんですね?開けちゃいますよ?」


「あの、あの、あの~、開けますよ~」


 弥生は思い切って封を開けた。


 その時、店主は目を開けてニヤリと笑ったことに弥生は気がつかなかった。


 そして、その本を開けて中を覗こうとした瞬間、周りの景色が急にぼやけた。

 気がつくと、弥生は、学校への通学路として利用している川辺の並木道に一人、佇んでいたのだった。


 は、まさに山端に隠れ、辺りは急速に宵闇へと変わろうとしていた。



 了







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如月弥生、見参!(KAC2023①本屋) 風鈴 @taru_n

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