僕は彼女の行く末を見届けたい

佐々木 凛

第1話

 ーー薄暗い店内で、彼女は僕だけに聞こえる声で、秘密を話してくれた。


 行きつけの本屋。

 そこは駅前の商店街の中腹にある、少し薄暗く、こじんまりとした店だ。

 入り口のすぐ左手にあるレジには、もう定年を迎えているであろう老紳士が、店内の隅々まで目を光らせている。

 僕は店に入ると、いつも睨まれる。僕の目的が本を買うことではなく、彼女に会いに来ることだということが分かっているのだ。

 僕は店の奥に進み、いつもの定位置についた。あの老紳士の熱い視線が注がれているが、僕が気にするべきは彼女のことだけだ。

 僕はそんな取るに足らない視線のことは忘れ、真っ直ぐ彼女に向き合った。

 彼女は、いつも真っ直ぐ僕を見つめてくれる。その瞳のあまりの美しさに、いつも僕は見惚れてしまう。その魅惑の瞳は、この世に存在するものとは思えない。

 彼女の頬に手を触れる。少しひんやりとした感触。僕の指先は、無抵抗のままツルツルと滑る。

 それでも、彼女は表情一つ変えない。僕の全てを受け止めてくれている。


 両思いだ。


 僕はそう確信し、彼女の言葉に耳を傾けた。

 彼女には、とてつもない秘密がある。なんと彼女は、警察から追われる身なのだという。罪状は殺人。

「信じて! 私は誰も殺してない!」

 涙ながらに訴えかける彼女。僕は、彼女を信じることにした。

 というより、僕は彼女が犯人でないことを知っている。彼女のアリバイに関して、求められれば、僕はいつでも証言する。

 だが、それは叶わない。彼女は、僕の言葉に耳を貸さない。僕の協力を望んでいない。きっと、僕を巻き込みたくないのだろう。

 僕が涙ながらにその想いを受け止めようとしている時、耳元であの老紳士の声がした。

「そんなに気に入ったんなら、いい加減買ってくれるかな。その小説」

 僕は無言のまま、『本に潜む殺人鬼〜碧空 海の奮闘記〜』と題された書籍を棚に戻し、店を後にした。

 また、明日来よう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕は彼女の行く末を見届けたい 佐々木 凛 @Rin_sasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ