第三十八章  飯島卓・・・そして、兄・一矢

バスで座神に向かう途中、卓は兄一矢を見かけている。

「兄さん・・・」

卓は体を乗り出し、兄一矢の姿を追った。どうして、こんな所にいるんだろう、と疑念を抱いた。

(何処へ行くんだろう)

卓は首をひねる。

六つ違う兄だった。

(でも・・・)

違った。何が・・・何かが・・・すべての面で、同じ血筋だとは思えなかった。

卓はそう思う時、わらった。

(血筋って・・・?)

俺の口から、こんな言葉が出るなんて・・・

(笑えるな。でも、あの人とは、間違いなく兄弟だった)

のだ。父も母も、俺たちをそのように育てたようだ。

誰かが肩をつつく。

その方を見ると、美和がいた。

そうだ、俺と美和は、これから智香に会いに行く。そのために、志摩にやって来た。

「なんだ?」

素っ気ない言葉だ。

「また何か考えていたのね」

美和は卓の性分をよく知っている。

「そんなことより、ねえ、知っている?」

美和はいう。

「近くに派川があるよね。その派川の堤防に、大きな楠があるの、知ってるわね」

卓は興味がないっていう目をしている。

「それが、どうした?」

美和は、卓のそんな態度に負けない。

「まあ、聞きなさいよ、卓君。少し前から、変な噂が立っているらしいの」

美和は何度もそんな卓を見ているから、少しも惹かない。

時々、美和の声が聞こえてくるのだが、内容が入って来ない。

(なぜ、あの人は・・・ここに来ているんだ)

小さい頃から、妙にとっつき難さがあった。そう感じていたという方が正しいかもしれない。

(あのひと・・・)

いつ頃から、こう呼ぶようになったのだろう。

それは・・・あの人を、どうしても身近に感じることが、今も出来ていないでいた。

卓は目をつぶった。さっきあの人は一人で歩いていた、僕たちと同じ方向に向かっている。

(座神に向かっているのか・・・まさか、何の用があるんだ)

「そんなことはない」

彼は呟いた。

「えっ、何か言った?」

美和が訊いて来た。

えっ

卓は驚いた。

「やっぱり、まだ・・・何か、考えていたのね。聞きなさいよ、その楠が風も無いのに、大きく木の枝が揺れざわつくらしいの。どう思う?」

卓は返事をしない。

美和もそれ以上言い返してこない。二人の間で、こんなやり取りは何度もある。だから、どうすれば、このいやな気分が収まるか、よくわかっている。話題を変えるしかないのである。

「ねえ、もうすぐなの?」

美和から、気分をかえた。

「えっ、うん。そうだろう」

「智香・・・私たちに何も言わずに、こんな所に来たのかな?本当に、座神・・・いるの?」

「そんなの分かるものか。それを確かめるために、来たんだからな」

「そりゃ、そうだけで」

「あの智香が・・・一人でだよ」

卓は停車ボタンを押した。次は座神という車内案内のアナウンスがあったのである。

「降りるぞ」

降りたのは、卓と美和だけだった。十五人ほどの乗客だったが、みんな二十歳くらいで、学生ふうに見えた。今は夏休みの真っ最中なのだ。終点の御座白浜が目的地のようだった。

降車ドアが開いた途端、ふうっと全身に吹きかけて来る風が気持ち良かった。ここが座神か・・・。智香の両親の育った所だとは、卓は智香から何度も聞いていた。

(なぜ・・・今更・・・)

卓は思う。

いろいろあった・・・

だから、来たのかもしれないが、智香の気持ちを知りたいと思った。

とにかく、智香に会いたかった。

「なあ、そうだろう」

「えっ、何?」

美和は急に話しかけられ、びっくりした。

「智香に早く会いたいというんだよ」

「そうね」

美和は一瞬何かを考えたが、自分でもどうしたのか分からなかった。こんな所にいるの、といったが、智香とはもうすぐ会える、あの子と・・・と思ってしまう。

「こっちだ。立て看板がある。ここから降りて行くんだ。行こう」

座神入り口、と手書きで木の板に書かれていた。

卓は先に歩き出した。

「待って、待ってよ」

こんな所に一人置いて行かれるのは嫌だったから、あわてて卓の後を追い掛けた。

舗装もされておらず、道は凸凹していて歩き難かった。まるで、人に来るなと告げているように思えた。はるか下の方に海は見えたが、太平洋側ではなく、英虞湾側だから波は立っていなくて穏やかに見えた。その波の中に、一か所だけ岩が突き出ていて、何だか異様な印象を持ってしまう。

「おい、あの突き出た岩を見てみろよ」

「何を・・・」

と美和はいうが、ちゃんとその方を見ている。

「あの岩の白波・・・気味が悪くないか!」

「あれは?」

何かをしゃべろうとするが、美和の口からは言葉が出て来ない。美和も何かしら異様なものを感じ取っていた。

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夢よ 希望よ 愛よ 私に翼を下さい 第五部  闇の中を光に向かって突っ走れ 青 劉一郎 (あい ころいちろう) @colog

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