朱い要塞【KAC20231】

銀鏡 怜尚

僕にとっての『美術館』

 当時中学2年生だった僕には、お気に入りの場所があった。

 そこは僕にとっての『美術館』だった。ある種の様式美を擁する色鮮やかな空間。2フロアにわたってそれは拡がり、二層の空間を貫くようにフロア中央に階段が鎮座する。階段の奥には大きな壁一面に広がる巨大な『壁画』がある。はじめてそれを見たときは、その荘厳さに圧倒されて、一目惚れした。しかもその場所は、市街地の交通アクセスも良い複合商業施設の中にあるお手軽さ。さらに、入館料はだ。


 どんな様式美か。カラフルな縦の筋が理路整然と並んだ『壁画』もあれば、幾重にも陳列された縦の筋が組み合わされて別の絵画を形成する手の込んだ『壁画』もある。また、敢えてそれらの縦の筋が不揃いで凸凹でこぼこしており、無秩序に見えるものまで多種多様であった。


 そこを『美術館』と表現する友達は皆無だったし、当然共感もされなかったが、紛れもなく僕にとってはお気に入りの場所だ。

 でも、一箇所だけ『美術館』の中に苦手な場所があった。この上ない強烈な様式美を放ちながらも畏怖いふを感じさせる空間。僕はそこを『あかい要塞』と名付けて、なるべく近付かないようにしていた。



 それから3年後、高校2年生になった僕は、とうとうその『朱い要塞』に立ち向かわなければならない時期がやってきた。


 そう。ここはショッピングモールの中の大型書店。

 出版社別、作者別に色分けされた文庫本コーナーは、背表紙がカラフルな縦の筋の壁画となり、漫画本は本の厚さがだいたい揃っていて、巻数の順に並べると背表紙で新たな絵が浮かび上がるものもある。絵本や実用書、単行本のように、装丁の規格がバラバラなものにも美しさを感じる。


 苦手だった『朱い要塞』とは、大学入試過去問題集の赤本コーナーだった。ついに真剣に大学進学を考える時期になったのだ。

 僕は、決意を新たにして、はじめてこの『朱い要塞』に手を入れた。

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