電妄本屋

ウミウシは良いぞ

本文

 かつて隆盛を誇った書籍産業は荒廃した。ここは第六地区ネリマシティの端の端にある古書店。店内は壁紙ははがれ、安蛍光灯の明かりが不気味な光を放ち、本棚に並んだ本の束を照らしている。



 時代遅れの本。文豪の私小説から、雑多な政府批判まで混在している。棚は乱雑で、本は無造作に重ねられ、空いた空間に押し込まれている。表紙が破れ、ページが黄ばんでいるなど、傷んでいる本も少なくない。カビや腐敗臭が漂い、通路にはネズミがウロチョロしている。



 買い手は合法的や非合法を問わず雑多な顔ぶれである。ある者は苦境に陥った元学者であり、またある者は手っ取り早く儲けようとする犯罪者である。



 店の雰囲気は、静かな絶望に満ちている。客は、外に潜む危険を警戒しながらも、目的の本を手に入れ、急いで立ち去ることが多い。



『電子書籍推進協定』



 巨大多国籍企業ユニオンジャック社と各国政府が結んだ密約。



 その結果、出版業界は致命的な打撃を受け、多くの企業が倒産した。紙媒体の本は、冷たい利便性に完全に取って代わられ、遠い記憶となった。



「それで、ここに例の本があるのか」



 本屋の中で更に奇妙な男が居た。高級感漂う燕尾服を着た背丈の高い男。富裕層のような雰囲気を纏っていた。しかし頭部は上流階級が嫌う機械頭ロボヘッドだった。紳士帽子トップハットを斜めに被っている。奇妙な恰好なのだが、どこか洗練された雰囲気さえ醸し出している。



 彼の仕事は、探偵。



「政府も巨大多国籍企業ユニオンジャック社も規制した言葉キーワード『KM』……か」


 

 男は期待で満ちあふれていた。政府の陰謀。複合企業コングマリットの弱点。これこそ浪漫だ。



「こちらになります」



 古本屋の店主が取り出したのは一冊の薄い本だった。男は愕然とした。政府や企業が書くしたい物とは、これほど小さな情報媒体に収まるのか?男は怒りを感じてきた。男は表題タイトルを読み上げた。



「『正しいお米の炊き方』」



 2057年。過剰に推し進められた減反政策によって日本の食文化は崩壊した。

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