ファンタジア☆ジェネシスへようこそ!

川本たたみ

第1話 ファンタジア☆ジェネシスへようこそ

営業時間の終わった更衣室の前。

締め作業を終わらせて、もう自分以外誰もいないだろうと勢いよく開けたその扉。


「あ」

扉の向こうにいたのは見知った顔。

整っていて、美人で。

…だけど


「………え?」

メイド服を脱いだその身体は、まぎれもなく男性で。


「…ええーーーーーーっ?!?!」

「うわあーーーーー!!!!!!」





少し時間を遡る。





『コンセプトカフェ』というものをご存知だろうか。

文字通り様々なコンセプトを持たせたカフェのことで、代表的なものだとメイド喫茶もこれにあたる。

大きな括りだと猫カフェやアニメキャラクターのコラボカフェもコンカフェの一種になるのだが、この物語の舞台は……


「魔法学園『ファンタジア☆ジェネシス』へようこそー!」

可愛らしくてよく通る声が店内いっぱいに響き渡ると、それに続くようにあちこちから復唱が聞こえる。


「ようこそー!」

「ようこそー!」

「よ、ようこそー…」


一人遅れておずおずと復唱したのが、守沢あから。

肩までの黒髪はストレート。

分厚くて長い前髪が両目を覆っているため野暮ったい印象を受ける。


「ルビーちゃん、これT5持ってって」

「……っ、あ、はい!」


『ルビー』というのがここでの名前だが、自ら名付けたとはいえまだ二週間目。どうしても呼ばれてから返事をするまでにコンマ何秒か要してしまう。


「T5は、えーっと、1、2、3……」

『T5』とは『入り口側5番目のテーブル席』のこと。


キョロキョロと、そこまで広くはない店内を見渡す。

暗めに落とされた明かりの中で間接照明が効果を抜群に発揮し、洋書で埋め尽くされた壁一面の本棚(の壁紙)が、不気味ながら格調高い雰囲気を醸しだす。


そう、ここは、

魔法学園ファンタジア☆ジェネシスの魔法図書館がコンセプトのカフェである。


「メロンソーダだったらここだよ」

入り口側から5番目のテーブル席についた男性が手を振って教えてくれる。

「バッキーさん!」

あから……もといルビーは、メロンソーダがなみなみと注がれたグラスをその男性の目の前に置いた。

「まだテーブル番号覚えられない?」

「そうなんです。バッキーさんのとこって言ってもらえたらすぐわかるんですけど」


『バッキーさん』は、中肉中背の30代男性だった。濃くも薄くもない顔の造りと、グレーのパーカーにワンウォッシュデニムという当たり障りのないファッション。強いていうなら眼鏡をかけているが、それもよくある黒縁のもの。他のお店にも頻繁に顔を出すが、顔や名前を覚えられにくいのが悩みだった。


「ルビーちゃんはオタクの顔と名前覚えるの得意だもんねぇ」

「うーん、そうなのかなあ?普通だと思いますけど」

照れくさそうに笑いながらそう答えたが、本当は違うことをルビー自身もわかっていた。


世の中には、超人的能力を持つ者が少なからず存在する。

ここで言う超人的能力とはサイコキネシスのような科学的に証明できないものではなく、研究者たちによって存在が明らかになっている力のこと。


ルビーには『超認識力』があった。


「ルビーちゃんって本当にすごいんだよ!お店の前を一回通っただけの人のことも覚えてたもんね!」

「わっ、すももさん!びっくりした!」


『超認識力』とは、簡単に言うと『一度覚えた顔を二度と忘れない能力』のことである。

一瞬見ただけの顔でも何年も記憶に残っているし、歳を取ろうが目や口などのパーツのみであろうが判別可能という稀有な力だ。


「えへへー、ごめんねルビーちゃん。盗み聞きしちゃったあ」


背後からそっと近づいて話に入って来たのは、『すもも』という名前でキャストをしている女の子だった。

派手な顔立ちではないが、いつでも笑っているように見える垂れ目と小さな鼻と口が可愛らしい。


「すももちゃん!今日はいつもに増して髪の毛トゥルットゥルだね」

「わかるー?バッキーさんが来てくれてない期間に美容院変えたもーん」

「お、チクリと刺すねぇ」


緩やかにウェーブのかかった長い茶髪をサラリと撫でながら自慢げに言うすももと、肘ですももを小突くようなポーズで笑うバッキー。


「……平和ですねえ」


にへらと笑いながら思っただけのつもりだったのがつい声に出てしまい、しまった!という顔で口元を両手で押さえるルビー。

それを見てくすくす笑う二人。


「何が平和よ。提供料理もう出てるけど?」

「ひっ……!?」


ルビーの耳元でルビーにだけ聞こえる音量で割って入って来たのは、また別のキャストだった。


「バッキーさん久しぶりっ!サフィ、すっっっごく会いたかったよお〜〜〜」


つい数秒前のドスの効いた声とは別人のような甘ったるい声色でくねくねしゃべる、耳上ツインテールの女の子。


「えー?サフィちゃん人気だから、会えても全然しゃべれないじゃんー」

「わあ!サフィのことそんな風に思っててくれたのお〜〜?!嬉し〜〜〜〜!」


大袈裟にソプラノで喜びながら、ぴょこぴょこ飛び跳ねるツインテール。


「……ちょっと。料理提供っつってんじゃん」


ルビーの方に顔を向けて、アルトな小声で睨みつける、二重人格とも言えそうなツインテール。


「はっ、はいっ、すみません!」


サフィの登場から固まってしまっていたルビーは、大きく体を震わせてからキッチンの方へ走って行った。


「…ねえすもも、あの子もう二週間目だよね?」

お客さんの卓から少し離れたところで会話は続く。

「ルビーちゃん?そうだよー」

「半月もやってるのにまだあんなに鈍臭いんだ」

「えー?真面目でいい子だよー?」

「……まあ、お気楽なすももからしたらそれでいいかもしれないけど」


終始ニコニコと機嫌良く返すすももと、やれやれと肩をすくめてため息をつくサフィ。


「それに今日からまた新人が入るんでしょ?これ以上鈍臭いのが増えたらたまったもんじゃない」

「えっ?新しい方入るんですか?!」


キッチンから出来たてのオムライスを運んできたルビーが急停止してサフィに尋ねる。


「そ。なんかオーナーの推薦?だって。面接スルーしてすぐキャストだなんて信じらんない。だからサフィたちも誰も知らないの、ソイツのこと」


ジト目で頬を膨らませる、見るからに不機嫌そうなサフィ、と

オムライスののったお盆を両手で支えて突っ立つルビー、の間を


颯爽と横切る背の高いメイド。


肩で風を切って、凛と斜め上を向いて、まっすぐに伸びた背筋で。

長い手足と、さらりと軽い金髪のロングヘアー。


ざわめいていた店内が急に静かになる。


「この中で一番偉いの、誰?」


こちらを振り返ったそのメイドは、不躾にそう言った。


「偉いのって…店長は今日出勤してないですけど…」

驚きながらもぎこちない笑顔を作るすもも。

「なんなのアンタ!?…っじゃなくて…新規のお客さんさんかにゃ?サフィがご案内しちゃうよぉ♪」

ドスの効いた声から一転、メイドモードに切り替えて店内の雰囲気を盛り返そうとするサフィ。


「客じゃねーよ。今日からここで働くの。聞いてない?」


聞き耳を立てていた客たちが、一斉にその声の主を見上げたのがわかった。

「美人…」

「うつくしい…」

「女王様…」

「踏みつけられたい…」

「美人…」

そわそわぼそぼそと、小さな声がそこかしこで上がり始める。


「ドラ子。よろしく」


目をぱちくりさせているルビー・サフィ・すももの3人を見下ろしながら、口角を一ミリも動かすことない平坦な表情でそう名乗った。

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