使えないスキル《本屋召喚》に目覚めた俺。勇者パーティを追放されましたが、せどりを駆使して成り上がろうと思います

瘴気領域@漫画化してます

スキル《本屋召喚》

「ゲオ・ブック=オフ、いまこの瞬間をもって、お前をパーティから追放する!」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、ジュンク! 俺が何をしたっていうんだ!?」

「何もしてないし、何もできない。それが理由だとわからないのか!」

「で、できる限りのことはしてるじゃないか! 料理当番とか、洗濯当番とか、買い出し当番とか、ちゃんと順番通りやってるし……。荷物だって自分の分は自分でちゃんと持ってるし」

「ぜんぶ人間として最低限のことだ。なにより、せっかくここまで連れてきてやったのに、まったく使えないスキルに目覚めやがって……」


 魔王城直前のダンジョン《朽ち果てし蔦の迷宮ツタヤライブラリ》の地下十層で、俺は1年間苦楽をともにした勇者ジュンク=ドゥのパーティから追放された。

 勇者と、他の2人の仲間が振り返ることなく11層へと向かっていった。女魔道士のサラに女神官のリステ……。


 サラはスレンダーな体型が魅力だ。小さなおしりをふりふりさせて歩く様子がかわいらしくて、いつまでも見ていられる。なんだかいい匂いもする。

 一方のリステは対照的にボン・キュッ・ボンだ。ゆったりとした神官衣を着ていてもわかるそのわがままバディ。思わず顔を埋めたくなってくる。


 追放されたってことはこの光景もついに見納めか……俺はそんなことをぼんやりと考えながら、暗視ポーションと視力強化ポーションをキメつつ11層へと向かっていった。


「ちょっと! あんたなんでついて来てんのよ!」

「……あ、あの、なんでそんなに近いんですか?」


 おっとしまった。

 二人のお尻を記憶に刻み込もうと集中していたら、うっかり近づきすぎてしまったようだ。


「あっ、ごめん。俺のことは気にしないで。心配してくれるのはうれしいけど……俺、パーティを追放された身だからさ。俺なんかを気にかけると、ジュンクが怒っちゃうよ?」

「気にかけてるんじゃなくて、気になってるのよ!」

「えっ、突然愛の告白!?」

「そういう意味じゃない! 脳みそ腐ってんの!?」

「参ったな……。リステがショックを受けるかも……」

「なんで私がショックを受けなきゃいけないんですか!?」

「ごめん、リステ。俺だって君のことが嫌いってわけじゃないんだ」


 くっ、まさかパーティを追放されたその日にサラから告白されるなんて……。

 いや、待てよ? 冒険者の常識として、パーティ内の恋愛沙汰はご法度だ。だからこそ、パーティを追放されたタイミングで告白してきたってことか。となると、俺を追放したジュンクはすべて承知の上で……。


「ありがとよ、ジュンク。お前の優しさに感謝するぜ」

「なんでまだいるんだよ!? ここもう12層だぞ!? とっとと帰れ!」

「ああ、そうだな。いつまでも一緒にいたんじゃ同じパーティみたいで問題だもんな。それじゃみんな、道中気をつけて。サラ、返事は少しだけ待ってくれ。リステのこともあるし、考える時間がほしい」

「一回脳みそ取り替えてきたら!?」

「だからなんでそこで私が出てくるんですか!?」


 俺は後ろ髪を引かれつつも、ダンジョンの十層まで戻った。

朽ち果てし蔦の迷宮ツタヤライブラリ》の十層にはもはや忘れかけられた古い女神の祭壇がある。《英雄紋》を持つ勇者とその仲間が祈りを捧げると特別な力――スキルに目覚めるという伝説を聞いてやってきたのである。


 俺は先ほど目覚めたスキル《本屋召喚》の効果がまだ続いていることに気が付き、自動ドアを抜けて奥のラノベコーナーに向かった。お、タニザキ・カタイ先生の新刊がもう売られてるじゃないか。『刺青少女と蒲団の匂い②~温もりの残るそれはほんのり酸っぱく鼻を刺して~』か。相変わらずタイトルのセンスが抜群だ。それを棚から抜いて、非常扉に背中を預けて立ち読みをはじめる。古本はビニールがかぶってないし、店員も職業意識の低いアルバイトだからいくら立ち読みしても怒られないのがいいな。


 そう、俺が目覚めたのは古本屋を召喚するスキルだったのである。

 ジュンクが《剣心一如》、サラが《万有魔力》、リステが《天地陽月》とかいうなんか厨二っぽい創作四字熟語なスキルに目覚めた一方で、俺だけは《本屋召喚》だった。使ってみたら、ダンジョンの十層に古本屋が爆誕した。王都に本店のあるチェーン店で、俺は暇つぶしによく利用させてもらっていた。


 *ぴろりん!*


 立ち読みにふけっていたら、頭の中で電子音が響いた。

 目の前に半透明のガラス板のようなものが浮かび上がり、そこに文字が表示されている。


 *スキル《本屋召喚》がレベルアップしました。進化しますか?*


 進化とは何だ?

 あ、右上に「?」マークのアイコンがあるな。タップしてみよう。


 *《本屋召喚》が進化すると、『古書店』から『新書店』に変化します*


 却下だ。俺は迷わずキャンセルボタンを押した。

 新書店じゃラノベにビニールがかぶされているじゃないか。立ち読みができない本屋に存在価値はない。


『刺青少女と蒲団の匂い②』を読み終えた俺は、それを棚の適当な場所に戻して店内を物色する。王都の本店と違って客がまったくいないのがノーストレスだな。この広い店内を独り占めしている気分だ。スマホを片手に、店内をゴブリンのように徘徊するせどり野郎がいないのも清々しい。


「ん、待てよ……せどり……」


 せどりとはチェーンの古書店がしばしば貴重本に捨て値をつけていることに目をつけたビジネスである。相場よりも安く買ったら、ネットオークションなどで高値で売るのだ。相場をすぐに調べられる専用アプリなどもある。


 右から左に本を転売するだけのボロい商売……だった時期があるのは事実らしい。しかし、現実はそんなに甘くない。新規参入が増え、貴重本がせどり屋同士の奪い合い状態になったのだ。結局、一番儲けたのはせどりビジネスのやり方を教える情報商材を5万ゴールドで売っていた連中だろう。


 しかし、目の前の状況はどうだ?

 せどりビジネスにおいて最大の障害は同業者だ。それが一切いないこの環境……貴重本を独り占めできるじゃないか! 俺はさっそくスマホを取り出すと、『誰でも出来るせどりビジネス! 副業でらくらく毎月6桁ゴールド♪』を5万Gでダウンロードし、付属の相場チェックアプリをインストールした。


 くくく……ここから俺の成り上がり伝説が始まるぜ!

 待ってろよ、サラにリステ。俺はせどり王になって、ふたりに楽な暮らしをさせてやるからな!


 ・ ・ ・

 ・ ・

 ・


 飽きた。

 2時間も探したのによー! 貴重本なんて1冊も見つかんねえじゃねえか!

 なにが「ショーワ王時代のアイドル写真集がおすすめ!」だよ!

 ぜんぶきっちり高値が付いてるじゃねえか! なんならオークションの方が落札価格が安いくらいだよ! くっそ、ふざけんな! 金返せ!


 俺は荒れた。大いに荒れた。

 ここが本屋ではなく回転寿司屋だったら、きっと醤油をペロペロして動画をSNSにアップしていたところだろう。いかん、危うく人生が終わるところだった。本屋で良かった。

 俺はエロラノベとホラー小説の表紙をひと棚分まるごと取り替えるだけで気を落ち着けることに成功していた。精神的に成熟した大人は寿司テロなんて起こさないものだ。


 ちっ、それにしても本当に使えねえスキルだな、《本屋召喚》。

 なんか活用の手段はねえのかよ……。


「へー、こんなところに本屋さんなんて珍しいね」

「あっ、すごーい! ダザイ・リュウノスケ先生の新刊がもう売られてるよ!」

「わあ……そんなすぐ売っちゃう人がいるんだ。特典SS目当てで何冊も買った人かなあ」

「予約したのにまだ入荷してなかったんだよね……気になる……」

「それなら買っちゃえば? たったの100Gだし」

「ほんとだ。あっ、表紙がちょっと破れてるんだ。なるほどねえ」


 俺が考え込んでいたら、店内に誰かが入ってきた。

 見てみると、水着のような鎧を着たダークエルフの黒ギャルと、比喩ではなくそのまんま紐ビキニを着たサキュバスの白ギャルだった。


「あれー、レジに誰もいないよ?」

「店員さーん! いないのー?」


 *ぴろりん! クエスト『はじめてのレジ打ち』が発生しました*


 俺は慌ててカウンター裏のバックヤードに飛び込むと、制服のエプロンを身に着けてレジに立った。


「お会計、110Gになります。200Gお預かりします、ありがとうございます。あっ、ダザイ・リュウノスケ先生お好きなんですか? 私も大好きなんですよ。ラノベらしからぬ繊細な筆致と、ご都合展開のないシビアな世界観が渋いですよね」

「えっ、お兄さんもダザイファンなんだー。超ウケるー!」

「えー、マジで? ヤバくない?」


 俺はお釣りを返しつつ、白ギャルの手をさり気なく握った。

 ふわふわと柔らかい感触が、俺の魂に安息を与えてくれた。


「またのご来店をお待ちしております」

「うん、また来るねー」

「人間の街まで行くと電車で2時間もかかるしねー。ここに出店してくれてホント助かるー」


 こうして俺は、勇者パーティを卒業して本屋経営に専念することにした。

 いまでは労働の喜びをかみしめる毎日を送っている。


(了)

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