とある、本屋

第0話 あるいは 最終話

「よくばるねえ」


 しわがれた声で、白髪しらがも薄くなった店主がぼそりとつぶやく。


 老眼鏡ろうがんきょうの隙間から、俺を上目づかい。

 なんともいやらしく口をゆがめたものだ。


 さげすみ?


 かんさわる。

 だが、どうでもいい。


「おまえさん、よくここへたどり着いたなあ」


「……」


 何が言いたいんだ?


 俺は無言で山積みの本の清算を待つ。

 早く、早くと心を苛立ささくれだたせて。


 ポケットに突っ込んだ手は、冷たく光るものを握っていた。


「これはなあ、ここに来たやつが置いていったものだ」


「……」


「これも、これも、これだって……」


 やけにのんびりした手つきだ。


 ねめあげられる。


 俺が一文無しなのを知っているのか?


 ここに来るまでに俺はすべてをくした。


 渡し守にいくらか。

 川向うについてからも、先々で少しずつ。

 そうしてようやく、この本屋にたどり着いたのだ。


 この本屋にあるものは……。


 夏目漱石。

 川端康成。

 芥川竜之介。

 直木三十五。

 江戸川乱歩。


 錚々そうそうたる面々の、未発表作ばかり。


 俺は文芸家を気取っていた。

 流行りもしない、純文学にかぶれて。

 明治や大正の、ふるき良きそれを……


 追い求めた。


 時代は電子書籍だ。

 紙の本などすたれていくだけ。

 それでも失われないものはある。

 心は残ると信じていた。


 だが……。


「これで全部だな」


「あ、ああ!」


 ひったくるようにして、丁寧に包まれたものを老店主の手から奪い取った。


 これで……!


「それを、どうする気だ?」


 光るものを見せつけられても、店主は悠然ゆうぜんとしている。


 気に食わない。

 おまえもそんな目で俺を見るのか、あわれとっ。


「こ、これで、俺は、俺がこれを……っ!」


「ああ、そういうことか」


 ゆるゆると、店主はつぶやく。


「まあ、好きにすればいい。ああ、お代などいらないよ」


「あ、あ、……」


く道はあっても、かえる道などない」


 ニヤリと、また笑いやがった。


「だから、それを置いていくのにな、みんな」




 分かっているんだろう?


 おまえも、実は。


 なあ……。

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とある、本屋 @t-Arigatou

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