いつか本屋で逢いましょう

牧瀬実那

雪解けの春を待つ

 こんな経験は無いだろうか。

 夢で何度も同じ場所に行く。

 不思議なことにその場所はかつて訪れたことのある場所に似ているが、どこか異なる。

 例えば駅。通学や通勤に何度も使う見慣れた駅なのに、階段の先にあるものが違う。隣の駅が違う。乗車をすればいつの間にか違う路線になっている。

 もちろん夢なので、脳が勝手に繋げているのだろう。

 けれど、どういうわけか、全く同じ繋がり方をしている場所に行くことがある。夢なのだから多少は違ってもいいはずなのに、そこだけは、いつ訪れても寸分違わないのだ。

 他の人はわからない。けれど、雪待瑞希は昔からそういう夢を見た。

 

 その日も、瑞希が気が付いたときには同じ場所にひとりで立っていた。

 幼い頃、家族でよく遊びに行った郊外の大きな遊戯施設。一階の駐車場から屋内へ、駐車場の上に遊戯施設が展開するように、折り返しのようになっている階段の少し前が瑞希の夢のスタート地点だった。

 夢といっても、自分の意思で動き回れる明晰夢ではないので、勝手に場面が進んでいく。

 二階へと続く階段は白くて横に広い。まるで映画に出てくるお城の階段のようだといつもワクワクしたなぁ、と、ぼんやりとした感想を抱きながら、慣れた足取りで上っていく。

 階段の先には現実と同じようにボーリング場とゲームセンター、それからオモチャ屋さんの入り口が待ち構えている。キラキラとした光を放っているそれらを横目に、くるりと方向を変えてホールの端に足を運ぶ。

 ホールの片隅には小さなファストフード店があり、遊びに来た家族がご飯を食べられるようになっている。瑞希自身、何度も家族と一緒に食べたお店だ。

 現実ならそれ以上先は無い。施設は二階建てだし屋上も存在しない。けれど、ここではファストフード店の横に上りのエスカレーターがあり、上階に行くことができた。

 瑞希は止まることも疑問に思うこともなく、エスカレーターに乗った。少し長いエスカレーターは天井を抜け、どこかの商業施設のフロアに辿り着く。どこか、と曖昧なのは、瑞希がそのフロアをはっきりと認識することが出来ないせいだ。少なくとも雑貨店などが出店しているフロアなのはわかるけれどそれ以上はわからない。多分、瑞希にとってそれはあまり重要じゃないからだろう。

 実際、瑞希はまっすぐにフロアを突き抜けて目的地である扉を目指す。すぐに現れた扉は、とても古びた木でできており、煌びやかで新しい商業施設からは浮いていた。

 迷いなく扉を開けると、たくさんの本が瑞希の目に飛び込んできた。


 そこは、本屋さんだ。


 といっても、ベースになっているのが瑞希の記憶だからだろう。あちこちにある本棚はどれも古い木で出来た年季の入った棚だったし、レジは小部屋のようになっている上に、座って本が読めるスペースには煙突のある古い石油ストーブが置いてある。多分、他の人から見てもそこは図書館、しかも学校に付属してるタイプのものだ。

 けれど瑞希にとってその違いは些細なもので、商業施設にあるのだから間違いなく本屋さんだと認識していた。

 本屋さんにはたくさんの本があった。元になった図書館よりも天井はずっと高く、本棚もそれに合わせて天板が見えないほど高いものになっている。本を取るための長い梯子もきっちりと完備されている。瑞希はそれらを手に取り、ストーブの傍に座ってじっくりと読み始める。

 映画だときっとダイジェストとなっているシーンなのだろう。瑞希は何度も訪れて目を通した本の内容がどんなものだったのか、起きたときにひとつも覚えていたことはない。ただ夢中になって本を読んでいるだけだった。

 いくらか時間が経ち、新しい本を手に取ろうと本棚へ戻ったとき、瑞希は夢の中で初めて自分以外の人に出会った。

 その人は瑞希を見ると驚いたような顔をし、それから瑞希の持っている本を見てまた驚いた。

 その本に興味があるの?とその人が尋ねたので、瑞希は「うん」と小さく頷く。するとその人はぱあっと笑って、自分も好きなんだ、と答える。

 本好きにとって、自分と同じ本を好きな人に出会うことはとても楽しい瞬間だ。更に、他にも共通する好きな本があれば、あっという間に盛り上がってしまう。

 その人がまさにそうだった。ハルと名乗ったその人と、瑞希は時間を忘れて本について語り合い、すぐに仲良くなった。

 ハルとはどんどん仲良くなり、本屋さん以外でも遊ぶようになった。

 一緒に買い物へ出かけたり、遊園地へ遊びに行ったり。同じものを買って食べながら歩き回ったりと、いつもとても楽しい時間を過ごす。


 そうして仲良くなったハルに殺されるのが、瑞希がいつも見る夢だった。

 

 最初は、ある殺人事件の犯人が瑞希だとハルに指摘されたことだった。

 身に覚えもないし、殺されたわけではないけれど、自分を指さすハルがとても辛そうな顔をしているので、きっとそうなんだろうな、と思いながら目を覚ました。

 次はナイフでメッタ刺しにされた。その次は毒を飲まされた。

 ある時は倒壊した遊園地の瓦礫に巻き込まれて一緒に押しつぶされたこともある。

 夢の中で意識を失うのと同時に目が醒める。

 よく悪夢を見た人のように飛び上がるのではなく、ふと気が付いたように目を開けるのだ。涙を流しながらぼんやりと、けれど不思議と穏やかな気持ちで目覚めるので、瑞希はこれまでハルとの夢を悪夢だと思ったことはない。むしろ、ああよかったなぁといつも思う。

 ハルが瑞希を殺すとき、いつも辛そうに顔をゆがめているので、いつしか瑞希は大丈夫だよ、とハルに笑いかけるようになった。

 大丈夫だよ、もう苦しくないよ。

 抱きしめるようにハルに殺されると、安心感があった。

 きっともう、ハルは苦しまなくていいのだと、いつも思う。

 本当のことを言うと。

 瑞希ははっきりとハルの姿を認識できたことがない。

 いつも同じ本屋さんで出会った人がハルだと確信できるだけで、夢から醒めると途端にその姿はぼやけてしまう。

 次に逢うときはもっとしっかり覚えよう、と思っても、夢を自由にコントロールできるわけじゃないので結局ハルがどんな姿なのかわからずじまいだった。

 それに、とぼんやりと瑞希は思う。なんとなく、ハルをはっきりと知ってしまってはいけない気がするのだ。

 知れば二度と逢うことができない。

 根拠はないけれどそんな気がして、結局いつも夢の流れに身を任せてしまうのだった。


 

 ハルと出会ってから数年が経ち、いつものようにハルに殺されながら不意に瑞希は気が付いた。

 ――ああ、自分はハルが好きなんだ。

 恋をしている、と自覚した。

 現実では朧げなハルの顔がそれでも美しくて可愛いこと。

 ハルと過ごすのが何より楽しいこと。

 ハルに殺される安心感。

 どれも瑞希にとってかけがえがなく、愛しいことだった。


 気付いてしまうと、起きているときもハルのことで頭がいっぱいになった。

 世界がキラキラして見える。

 あまり好きではなかった恋愛小説も、今では共感すらできる。

 気が付いたこと、覚えたことはいつもの夢に少しずつ反映されて、ハルとできることもちょっとだけ増えた。

 遊びに行くとき手を繋いだり、恋人のように指を絡ませたり。

 キスをしてみると、ハルは困ったような、照れくさそうな顔で笑った。

 最後はやっぱり殺されるのだけど、どんどん楽しくなっていく。

 ハルと過ごせるのが嬉しい。幸せ。

 だから今日も雪待瑞希は眠りにつく。

 どんな結末でも、いつか夢を見なくなる、その日まで。

 愛しい人に逢うために。

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いつか本屋で逢いましょう 牧瀬実那 @sorazono

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