まちの本屋さん

夏生 夕

第1話

気がついたら、本屋にいた。

こういうことはよくある。


いつものように

「ちょっと知らない道を行ってみっか。」と散歩していたはず。そういえば黒猫を追いかけたかもしれない。

迎えるように開け放たれた扉を入ると、奥から


「いらっしゃい。」


と柔らかくハスキーな声が聞こえた。

とてもとても遠い天井に向かって本が収まっている。

背表紙がカラフルで綺麗だ。

外から見たとき、こんなに高さのある建物だっただろうか?


「気になる本を、手にとってくださいね。」


再び優しい声がかけられた。

お客はわたししかおらず、本がびっしりな割にガランとした雰囲気だ。


いつもみたいに

気になった装丁のものに手を伸ばしかけると、その左右も上下も、見渡す限り同じ模様の背表紙だ。専門書のようだ。

何冊か引っ張り出してみたがやはり同じデザインで、色と、表紙の名前だけが異なっている。

角が折れたり傷だらけだったりするが真新しく見えるものもあり、なんだか年代が統一されない。古本という訳でもないらしい。


「あの」


声が聞こえたように思える方へ尋ねる。


「ここ、何の本が置いてあるんですか?」


息遣いだけが少し聞こえた。


「気になる本を、手にとってくださいね。」


自分で見ろってか。

まぁいいや。なんとなく目についた青い本を取り出した。

今度は知っている気がする名前が書いてある。

どこで見たんだっけ、この名前。


初めのページ、右上に「0」と記されている。

みどり、や、むらさき、まる、と

単語だけが並んでいて抽象的だ。数字が大きくなるにつれ、単語が文章になり漢字になり、世界が広がっていくようだ。

どうやら一人の少女の成長日記であるらしい。

シンプルに出来事が連なっているだけなのに何故か目が離せなくなった。妙に親近感を覚える。


わたしも、こうやって迷子になって大泣きしたな。

そうだ、わたしもこうやってジャングルジムから落ちて、おでこ切ったんだった。

あー、これ、ずっと同じクラスだった子が転校しちゃった時のことだ。

大学受かったとき嬉しかったな、この日のケーキは美味かった。


わたしはこの物語を知っているようだ。

いや、というより、



これはわたしの話じゃないのか?



残りが数ページしかない。

右上の数字は21。

わたしは今、何歳だっけ。


気付かぬうちに、背後になにかの気配が迫っていた。


「どうぞ、最後までお読みくださいね。」


変わらず優しい声なのに、背筋が凍る。

だめだ、分かっている。多分これ以上は読み進めちゃいけない。

でも手が止められない。

息が上がる。ページをめくる。



いつものように

電車に乗り込み、コンビニに寄り、

音楽を聴きながら、歩いている。

目の前を黒猫が横切った。昔飼ってた子に似てる。

天気が良くて、お散歩気分なんだろう。

その子がのんびり車道を渡りはじめる。

異様なスピードでトラックが近づいてきた。

危ない、と思ったときにはもう、体が動いていた。

文章はそこで終わっている。


「いらっしゃい。」


と柔らかくハスキーな声が聞こえた。

異常に冷たい手が肩に触れるのを感じた。

だめだ、分かっている。

分かりたくなかった。


わたしは、






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