街角の本屋で稀によくある……

がりごーり

 

 ひなびた昭和臭漂うシャッター通りと化した商店街の一角。

 万引きすら寄りつかない古本屋と見紛うばかりの、街の本屋さん。

 そんな感じのモノを想像してみてください。

 そこが今回の舞台です。


 当時、数ヶ月前どころか数年前の週間グラビア雑誌を棚に置くその書店は、それでも地元では現役を張る本屋さんでした。フラリと立ち寄り、最新誌を発売当日に買う事は難しいながらも、前以て注文を入れておけばちゃんと読みたい本は買える。

 そんな、書店としての最低の機能は維持していた現役だったのです。


 後はまあ、雑誌や単行本の区別無くマンガの立ち読みの解禁もしてたので、地味に近隣の子供の社交場としても機能しましたか。

 私も本当にお世話になりました。おかげで少ない懐事情にも関わらず当時のマンガの発行物の大半は読み散らかす事ができましたから。


 で、本題。その導入部。


 書棚に並ぶマンガの大半は暗記レベルで読んでしまい、それでも〝本を読む〟形での関心は残り、他の興味の無かったジャンル――小説やファッション、ホビー系へと食指が移るのは自然の流れといいますか。

 当時はまだラノベも存在しませんでしたしね。絵本の記憶からちょっと高尚度の高い、童話や寓話を経て本格的な翻訳系のファンタジーやSF、オカルトの小説の手に取るようになった私です。


 そうして数冊を読み漁り、辿り着いたのが……とある、一般書籍とは毛色の違う装丁の本。

 それはまるで、本では無くノートのように薄く、未知の内容に満ちるモノ。


 ――いわゆる同人誌というやつでした。


 後から知った事ですが、元々同人誌とはオタクの代名詞から始まったものではなく、市井の創作家たちが私費を投じ個人で本を仕立て、個人で本屋と交渉し現物を置かせてもらうスタイルだったのだそうで。

 時代に取り残された場末の本屋になら、ある意味在って当然のジャンルというわけでした。


 内容もとある大学で現役の教授をしてる方の未完の研究論文だとか、将棋連盟には属して無いが将棋好きで、自分也の必勝棋譜の手順を記した指南書だとか。または個人で合法か非合法かも怪しい手段をもって測量し設計図をおこした全国の名城図解だとかと、中々に業の深い闇の書揃いと小馬鹿にもできない奇書ばかり。

 ――が、当時子供の私が関心をもつものとなればそれはマンガで、どういう嗅覚でもって狙い撃ったのか、そこから数冊の同人マンガを探し出したというわけです。


 ……うん、でもマンガでも奇書は奇書。

 むしろマンガで読むネクロノミコンな雰囲気で、当時はサッパリと理解の外の読み物でしたね。


 で、本題の本編はここから。


「ひっひっひ、おや、アンタ。その本に興味があるかい?」


 声の主は店主のおばあちゃん。

 ぶっちゃけ、会計時にしか動かない即身仏じみた人物で子供からは公然と妖怪扱いされてた人です。

 ですので、そんな物体から突然言葉をかけられたら、此方がビビるのは当然です。


「う……うん、でもこの本、値段が書いて無――」

「時価だからねぇ……ひっひっひ ――で、幾らなら買うね?」


「え? ……えええぇぇ……」


 正に〝圧し〟売りとでもいうように、こちらに考える暇を与えぬ食い気味のセールストークといったやつです。

 それでも財政事情は最底辺の子供の財布に高値は無理で、ギリ三桁の価格を言えば案外、アッサリと価格交渉は済む流れに。


「毎度あり。でもアンタは運が良いよ、ちょうどそれは〝修正前〟のやつだしねえ」

「はい?」


 ――と、謎の御言葉を頂いたその直後。

 お店の二階、〝ダンッ〟と、その天井が派手に踏みならされる音が響いて〝ダダダダダっ〟と誰かが駆けてる様子が続いたかと思えば、お店の奥より若いお姉さんが登場。そして――


「お婆ちゃん! 私の本っ、勝手にお店に並べちゃダメでしょーーー!」


 ――と雌叫び轟く。


「だってお前、あたしゃアンタの本が詰まったダンボール箱が何箱も置きっぱなしで、何時アタシの頭の上から床抜いて落ちてくるか心配でしょーがないんだよ!」


「仕方無いでしょ! 修正し忘れて予定のイベントで売る予定が全部ポシャッちゃったんだし!!」


「だったらさっさと修正してパッパと売っちまいな! あと夜中にマジックがキュッキュ五月蠅いんだから昼間おしっ、昼間!」


「昼は新作に使うから時間無いの!」


「だったらアタシに貸しな。〝墨塗り〟くらい、店番のついでにやったげるよ!」


「ギャーッ、ヤメテェェェ! ご近所さんにモロバレするうううっ」


「今更なんだい! アンタの描くホモ話なんてとっくに町内会の回覧板だよ!」


「ギャーーーーーーーーーーーー!!!」


 ……まぁ、後にBLと呼ばれるジャンルの黎明期を当時の私は垣間見たというわけで。

 ドサクサで無料で渡されたその本は、持ち帰るなり目聡く見つけてきた母親に取り上げられて棄てられたので、内容の細かい部分に関しては謎のまま、ただ朧気な記憶を残す程度に。


 墨塗り~だの修正~だのの流れは、いわゆるコミケ開場間際によくあるアレですね。

 私が参加してた時期は、どうして毎回、彼・彼女らは同じ過ちを踏み抜くのかと疑問に思う頻度にて、壁サの幾つかは午前午後通してブースの裏で滂沱しつつマジックをキュキュッと振るっていた某〝腐〟のつくスタッフ御嬢様方が結構頻繁におりましたのです。

 まあイベントですし。それも一つの様式美……なのかもしれませんけどね。


 あと最後に、これをノンフィクションジャンルに置くと何処かで憤死体が出るかもしれないので、一応は〝伝奇〟のジャンルにしておこうと思います・まる




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街角の本屋で稀によくある…… がりごーり @10wari-sobako

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