置き本屋さん

押見五六三

第1話

「勿論、開封して読んだ本しか、お代はいただきません。本当に必要な時だけ読んでいただければ幸いです」


「はあ……」


1人暮らしの私の家に、その変な男性は突然現れた。

このマンションのセキュリティは実に甘すぎる。


男性は『置き本屋』と名乗り、私の部屋に小さな本棚とビニール袋入りの30冊の本を1年間置いて欲しいと言ってきた。そして1年後に再びやって来た時、開封して読んだ本だけ、代金を支払う契約をして欲しいと言うのだ。つまり置き薬の本バージョンだ。


「えーと……正直に言います。私、この本棚に盗聴器や盗撮カメラが仕込んで有るのではないかと疑ってます」


「大丈夫です。この契約には、もしそんな物が仕込んで有ったり、あなたの生活を脅かすような事が有れば、当方があなたに1億円の賠償金を支払うように成っております」


「本当ですか?!分かりました。1年間だけですね。読まなかったら私がお金を払う事は一切無いんですよね?」


「はい。勿論です」


こうして私は部屋に『置き本』を置く事に成った。

読む事は無いだろうが、何か有った時には1億円貰えるし、何より本棚が部屋にピッタリでオシャレな物だったからオッケーした。実は本より本棚こちらが決め手だったのだ。無料のサブスクだと思えば得した気分だ。


「しっかし……何、この本?」


男性が帰ってから私は置いてった本のタイトルを改めて確認した。

『必ず当たる宝くじ屋はココだ!』

『好きなアイドルと結婚しませんか?』

『貴方が世界を征服する』

どれも胡散臭いタイトルばかりだ。

私も小説家を目指してるから本を読むのは大好きだ。けれども、これはちょっと……。

しかも、どの本も薄い単行本サイズなのに一冊30万円もする。ぼったくりすぎ!誰が読むかッ!


置き本は一冊も開封する事なく、半年が過ぎたある日、母から電話が有った。


「リン!大変なの!お父さんがッ!」


父が突然仕事場で倒れ、危篤状態だという内容だった。

医者は「助から無いだろう」と言ってるらしい。

私は頭の中が真っ白に成った。


「お、お父さん……」


お医者さんが助から無いと言っているのだ。私に出来る事は無い。せめて今際の際は側に居てあげる事ぐらいしか……。

私は目に涙を浮かべながら病院に向かう用意をした。その時、本棚に有った一冊の置き本が目に入る。

『お父さんの正しい助け方』

私は藁にもすがる思いでその本を掴むと、ビニールを破り、30万もする本を開封した。

本を開くと、そこには『お父さんの手を握り、思いを伝えてあげて下さい』と、だけ書かれて有った。


「なっ!これだけ?巫山戯ないでよ!!」


私は開封した事を後悔しながら本を床に叩きつけ、そして急いでタクシーに乗り、病院に向かう。


病室のベッドには昏睡状態の父がいた。

母は側で泣いており、その横の医師と看護師は手を尽くしきった感じだった。

私もお父さんの側に近づく。

そしてお父さんの顔を覗き込んだ。

色んな思い出が走馬灯のように頭を過ぎる。

そういえば最近私は父と会話を全くして無かった。

最後に会話をしたのは何時だっけ?

そうだ……私が1人暮らしを始める日、引っ越しの手伝いをしてくれる父に、私はこう言った。「これで私の洗濯物とお父さんの洗濯物を一緒に洗う事は二度と無いので嬉しい」と……父は苦笑いしてたが内心、傷付いていたのでは無いだろうか?

私は父の手を強く握った。


「お父さん!!目を覚ましてッ!!あんなのが最後の会話なんてやだよー!もっと話したい事がいっぱい有るよー!!お願い、お父さん起きてー!!」


私は目を瞑り、泣きながら訴えた。

すると……。


「見ろ!奇跡だ!」


医師が叫んだ。

その声に私は父の顔を確認する。

そこには目を開けた父が……。


「リン……」


「お、お父さーん……」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「お久しぶりです。置き本屋さん」


「お久しぶりです。度獏どばぐリンさん。約束の1年なので伺いました」


「読まないと言ってましたが、一冊だけ読んじゃいました。でも、この本のお陰で本当に助かりました。ありがとうございます」


私はそう言って『お父さんの正しい助け方』というタイトルの本を差し出した。


「こちらこそ、お読みいただき有難うございます。それでは代金を請求させてもらっても宜しいでしょうか?」


「はい!」


私はバイトして貯めた30万を差し出した。

お父さんが助かったのだ。安い買い物だ。


「あれ?買取で良いのですか?」


「えっ?」


「見たところ本は破損していません。なら既読料だけで結構ですが」


「そうなんですか?なら、そうします。お幾らですか?」


「この本でしたら百円です」


「ひゃ、百円?」


「はい。よろしければ、今から他の本も読んでいただいて結構ですよ」


「……いえ。今、本当に必要な本は有りませんから」


「……分かりました」


置き本屋さんは素敵な笑顔を返してくれた。


「あの……置き本屋さん」


「何でしょう?」


「契約を延長しても良いですか?」


「勿論です。置いた本は、本当に必要な時だけ読んでいただければ幸いです」


「有難うございます!!」



置き本屋さんが帰った後、置いていった本を確認した。本は増えて全部で77冊有る。

『ここが本物の異世界の入口だ』

『誰でも簡単にプロ作家』

『カクヨムコンで★を稼ぐ方法』

小説家を目指す私には、どれも今すぐ読みたい本ばかりだ。

けど私は置き本を本当に必要な時にしか開封しない。それが置き本屋さんとの約束だから……。


「さてと……今日からカクヨム誕生祭。カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2023の始まりね。最初のお題はいったい何かなー……えっ?【本屋】?何よコレ!いきなり最初から難し過ぎない?あーどうしよう!何も浮かばなーい!」


私は頭を抱え込みながら本棚を見た。

『お題が【本屋】の時の攻略本』

というタイトルが目に入る。


「…………仕方ない。読むか」



〈おしまい〉









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