とある万引き犯の終焉

mikio@暗黒青春ミステリー書く人

とある本屋にて

「まただ。また盗まれてる」


 一人娘をほったらかしで間男との情事に明け暮れていた妻にDVをでっち上げられて財産も親権も持ってかれた以外に取り立てて特徴のない書店員・山中やまなか剛史つよふみは、店内で一番奥の棚の前で顔を歪めていた。


「うわ。『謀略級悪役令嬢戦記』のシリーズ、ごっそりないじゃないですか。てんちょ、これ全部やられちゃったんです?」


 山中店長の声を聞きつけてやってきたのは契約書に記載された勤務時間はとっくに終わったというのに未だに店内に残っていたバイトの川内かわうちさんだった。それなりに残念がってはいるけれど、今ひとつ危機感の薄いふわふわした声。


「POSデータにないからなぁ。しかし昨日発売の新刊まで持ってくとは」


「防犯カメラ見てみましょうよ。

  これですよ↓これなら映ってますって」

 棚棚棚棚棚棚〇

       棚(盗)

 棚棚棚棚棚 棚

 棚棚棚棚棚 棚

       棚

 棚棚棚棚棚 棚


 川内さんがカメラを指さして言うが、山中店長は首を横に振る。


「万引きは現行犯でないと対応が難しいし、あのカメラが稼働してないことは川内さんだって知ってるでしょ」


 川内さん、うーんと首をひねる。


「だったら罠でも仕掛けたらどうですか?」


「罠って」


「どうせ犯人は居木刈いきがり高校の糞虫低知力童貞学生ですよね?」


「童貞は関係なくない?」


「関係ありますよ。これは童貞を殺す罠、ってやつなんですから」


「まぁ、君がそこまで言うんなら」


 次の日。お昼休憩を終えて店内巡回に入った山中店長は、一番奥の棚の前に人が倒れているのを発見する。


 棚棚棚棚棚棚〇

     死体棚(罠)

 棚棚棚棚棚 棚

 棚棚棚棚棚 棚

       棚

 棚棚棚棚棚 棚


「し、死んでる」


「ああ、居木刈高校の糞虫おたんちん童貞学生の死体ですね」


 山中店長の声を聞きつけてやってきたのは契約書に記載された勤務日ではないのに特に理由もなくバックヤードでスマフォをいじっていたバイトの川内さんだった。それなりに残念がってはいるけれど、今ひとつ危機感の薄いふわふわした声。


「か、川内さん! これって君がやったの?!」


「……たとえ童貞のシロナガスクジラが店に乱入してきても仕留められる罠でした」


「いよいよもって童貞関係なくない?!」


「わたしはてんちょの童貞を奪った相手が誰なのか気になりますけど」


「そうじゃなくて! まずいでしょ! いくら憎い万引き犯でも殺しちゃあ!」


「大丈夫ですって。ほら、こうすれば」


 そう言って、山中さんはてきぱきと本棚を動かし、ついでに中身もお引っ越し。


 棚棚棚棚棚棚〇

     棚死棚

 棚棚棚棚棚体棚

 棚棚棚棚棚棚棚

       棚

 棚棚棚棚棚 棚


「ね? 見えなくなった」


「棚五つ分の本も見えなくなったんですがそれは」


「大丈夫ですよ。今隠れてる棚に入ってるのは全部本格ミステリですから」


「待って」


「現実が舞台の緻密な本格ミステリなんていくら優れていても誰も読みませんって」


「色々待って川内さん」


「……仕方ないですね。ともかく今日のところはこれでなんとかしましょう。ほら、居木刈高校の雑魚窃盗童貞有象無象がまたやってこないとも限らないでしょう。仕事、仕事」


 夕方、山中店長は川内さんに店番を頼んで(勤務日でもないのに快く引き受けてくれたのだ)、本の配送に出かけた。


 店に戻って来て、気がついた。店内からすさまじい死臭が漂っていることに。


 罠罠罠罠罠罠〇

 死体死体罠死罠

 罠罠罠罠罠体罠

 罠罠罠罠罠罠罠

  死体死体死罠

 罠罠罠罠罠体罠


タナワナって響きが似てますよねぇ」


 山中店長を見つけてやってきたのは五人の居木刈高生を殺害したバイトの川内さんだった。今ひとつ危機感の薄いふわふわした声。


「そんなので上手いこと言った風な顔をして欲しくはなかった……」


 そう言ってから、山中店長は気がついた。今現在店内にある死体は棚(罠)の間に隠れているものも含めて六体。うち五体は居木刈高の制服を着ている(た)が、残る一体は私服で、しかも三十過ぎの女だということに。


「別れた妻だ……」


 毒か何かでやられたのだろう。その顔は土気色に染まっていたが、間違いなく彼の妻だった。


「毒と妻って字面が似てますよねぇ」


「そんなので上手いこと言った風な顔をして欲しくはなかったし事実うまくない……」


「でも、死んで良かったんじゃないですか? その人、てんちょの娘さんのこと、ド畜生当方ボーカル志望糞虫間男と二人で虐待してたみたいですから」


「え?」


 聞き返す山中店長の足を払い、床に転がすと川内さんは隠し持っていた手錠で彼を拘束した。


「川内さん」


「これで娘さん、帰ってきてくれますね」


「川内さん、まさか君――」


 木を隠すには森に。砂を隠すなら砂浜に。そして、真の殺害動機を隠すならば無数の死体の中に――。


「わたしが忘れるわけないじゃないですか。

  このカメラ↓が稼働してないのを」

 罠罠罠罠罠罠〇

 死体死体罠死罠

 罠罠罠罠罠体罠

 罠罠罠罠罠罠罠

  死体死体死罠

 罠罠罠罠罠体罠


 ――万引きは現行犯でないと対応が難しいし、あのカメラは稼働してないんだ。


 パトカーのサイレンが聞こえてきたのはそれから間もなくのことだった。川内さんは無差別連続殺人犯として現行犯逮捕され、のだった。


「待ってくれ、川内さん君は!」


 警察車両へと引っ立てられる川内さんを追いかけながら、山中店長は叫んだ。川内さんは答えない。答えずに、ただ一度だけ、慈しむような眼差しを店長に向ける。その目は「万引きばっかしてた居木刈高のバカ女に、この店で働いて償えば良いって言ってくれたこと、今でも感謝してるんですよ」と語っているようにも見えた。

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