第8話 流れ

 いつかカレルとルートが話した、大きな河のほとりを、カレルは初めて見ることになった。しかしそれは宵闇越しで、赤い花までは見ることができなかった。


 66部隊がポーガズネール近郊の基地──ブライアル飛行場──に到着したのは、夜も更けた頃だった。

 日没と共に飛び立ち、増槽を使って1時間のひとっ飛び。

 ノワ司令は整備や補給の部隊と一緒に陸路で移動している。いまブライアル飛行場に居るのはパイロットだけだった。

「司令がくるまでやりたい放題だな」

 ヴォルは声を跳ねさせている。割といつでもやりたい放題をしているはずなのだが。


 ブライアルから西にあるオシュアリー飛行場。そのやや北東にあるクリプト飛行場。

 問題の街、ポーガズネールはそこからさらに北にある。


「ならさ、敵はどこから来ると思う?」

 飛行場内のブリーフィング・ルームに集まって、ルートは机に突っ伏しながら尋ねた。

「順当にいけば北の山脈を超えてくるだろう」

 ハルケがすこし遠巻きに、窓際に佇んで言う。ガラスの向こうはもう真っ暗で、遠くの山々は姿をすっかり夜空に溶け込ませていた。みな、木の机に置いてある地形図に目を移す。

「山脈を迂回すると距離は3倍以上かかるし、そちらにもまた別の基地がある。現実的でない」

 そうなるとますます夜襲の可能性は薄くなる。ポーガズネール北の山脈の標高を越えられるのは爆撃機だけで、護衛の戦闘機は着いてくるなら谷間を抜けることになる。ただでさえ高い技量を必要とするそのような飛行を、視界の悪い夜に行うのは余りにも危険だ。

「今回は無駄足かもしれんな」

 ドクが詰まらなそうに言う。

「よし!じゃあ酒飲んでもいいな」

「お前は出撃あっても飲んでるだろ」


 ******


 ノワ司令と裏方の部隊が移動し始めたのはパイロットたちより早く、日が少し傾いたころだった。部隊を半分かそこらに分け、ブライアルへ向かわない者たちに戦闘機ドロッセルの送り出しを任せたのである。

 輸送車が殺風景な道を走り、巻き上がった埃が夕日に照らされて橙色に柔く光っていた。


「あー、行きたくない」

 助手席でノワが呟く。

「こんなこと滅多にないですからね」

 車を運転している暗色の髪の男が、なだめるように言った。

「そうだね。……まあでも、何かしらが得られるかも」

 ノワは窓枠に肘を立てて、何か考えているような眼差しを景色に向ける。

「それにしても、ヴァイスコプフが来るのが嫌だ。また部隊の健勝を祈られる」

 運転手は言葉を探して、しばし黙り込んだ。

「司令は、この66部隊を解体したいと」

「そうしなければいけない。ジーノもそう思うだろう」

「そりゃあ、そうです。誰だってそう思うでしょう。ヴァイスコプフ少佐は狂っています」

 ジーノと呼ばれた男はまっすぐに、進路を見つめながら言い放った。

「果たして本当に誰が、何が狂っているのかは、難しい話になるがね……」

 車列は揺れながら、大きな河にかかった橋を越えて、北へ向かって走り続けた。河岸に咲き誇る奇妙な形の赤い花が、弱い川風にそよいで揺れる。ふたりは、過ぎ去りざまにだが、確かにそれを見つめていた。

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彼岸の飛行隊 黒宮 ショウ @Impotato

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