第7話 尖塔
絨毯爆撃で街がひとつ焼けた。
街のシンボルだった尖塔が、燃え尽きたマッチ棒のようになってまで天に手を伸ばしている様が新聞に載っていた。
爆撃機が呑気に爆弾を落としている間、我々の軍の防空部隊は何をやっていたかといえば、敵の戦闘機に落とされていたのだった。
「次は防空任務になるよ」
司令は皆を広間に集めて言った。今まで無かった種類の仕事だ。
「どこを守るんですか?」
ルートが手を控えめに挙げながら尋ねる。
「ここから北西の街、ポーガズネール。今までの侵攻ルートからして、盟約は次にここを襲撃するほか無い」
盟約というのは、この間尖塔の街を焼いた敵性勢力のことだ。名をコルトエ協同盟約。さきほどの司令のように、単に盟約と呼ぶことが多い。
「めちゃくちゃ遠い。ドロッセルで行けるの?」
「増槽を使う。行き帰りで使い回しにするから、捨てるなよ」
「そしてポーガズネール近郊の基地に駐留することになる」
「駐留!?ぼくたちが?」
さんざん実態のない幽霊部隊だと言われ、パイロットの姿を見た者も居ない。そういうふうに思われている我々が、別の基地へ出張などできるのだろうか。
「このあたりは小さな基地が点在している。そのうち1つは僕らの貸し切りだよ。」
他に2つの基地があり、ひとつは東部防空隊が、もう一つは北部の市街防空部隊が使用するらしい。明らかに夜戦慣れしているのは66部隊だった。
「ぼくらは敵が夜襲してきた時のための予備戦力だけどね」
「そういう状況なら、大活躍かもな」
ヴォルが瓶の中身を一口飲んだ。
「そこでみんなに話がある。彼らは優秀な護衛機部隊を持っている。」
司令は資料の紙をぱらぱらと広げ、中から写真を数枚取り出した。
「コルトエ協同盟約軍 第二空軍 第一飛行大隊が抱える“紫の飛行隊”だ」
「中でもシグルド・レベック少尉とアルシュテン・レベック少尉。この双子は厄介だ。何機も墜とされている。」
写真に写っている姿は、少年と青年のあいだとでも言うのが良いような男二人で、表情は違うもののよく見れば同じ顔をしていた。彼らの機体にはキャノピー周りに青紫の塗装と、白の縁取りがしてある。
「今回、みんなに達成してもらいたい目標は2つある。まず一つ目に、街の防御。中央部への戦火によるダメージを最小限に抑えること。そして二つ目に、シグルドとアルシュテンの捕縛もしくは殺害。」
「捕縛は俺たちには無理だな」
「ようするに墜とせば良いと?」
「そういうこと。もし彼らを収容できるなら地上部隊が、すべて終わってから行う」
その様を思い描いて、カレルは神妙な気持ちになった。この少年と呼んでいい仔たちを墜として、捕まえてどうするのだろうか。
「名が知れすぎたな、こいつら。ろくなことにならんだろう」
隊長は少しにやりとした顔で語る 。
「パイロットを役者かなにかと勘違いしている輩が多すぎる」
たしかに、優秀なパイロットはプロパガンダで体よく使用され、軍の中での“役者”たることが前の戦争でも少なくなかった。影響力を持つが故に出世し、飛行機を降り、その果てに自殺した者も居た。
******
「次の標的はポーガズネールだ」
その男は美しい、皺がれた声で言った。
『はい』
二人の男──少年とも、青年とも区別の付きがたい年齢の──が、重なるようにして答える。
「またぼくたちは爆撃機の護衛を」
「すべて街を灰にするまでに」
彼らを前に座っている男は、そうだ、と答えて二人を一瞥した。
「幽霊が来る。幽霊が来るぞ、次の戦場にだ」
「幽霊?」
「司令がたびたび仰っている奴らですか」
「そうだ。夜の闇の如く暗い、深い黒の機体に乗って、貴様らに襲いかかる。貴様らが勝とうが、負けようが、次の戦いの時にはまた姿を現す」
「パイロットを使い捨てているのでは?」
二人のうち少し背の低い、アルシュテンが言った。
「いや、でも、もしかしたら本当に幽霊なのかも……それか、いくらでも脱出しては這い上がってくる本物の戦士なのかな」
シグルドが少しはにかみながら、しかし真剣に話す。その様をアルシュテンは目を平らにしながら見ていた。
「私は奴らを天に返さなければならないのだ。シグルド、アルシュテン。少しでも情報が欲しい。貴様らの部隊長にはもう命令を下してある。彼に従って十分な準備をしろ」
『了解』
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