隙間書店

透峰 零

隙間書店

 やあやあご機嫌よう、お久しぶり。

 君のところでは「こんにちは」か「こんばんは」かが分からないからね。

 そう考えると「ご機嫌よう」っていうのは、なかなか良い挨拶だと思わないかい? 君らの世界で流行ってる悪役令嬢っぽい挨拶だけどね。

 え? 相変わらず煩いって? ひどいなぁ、ワタシと君の仲じゃないか。

 それで、本日は一体どういった本をお探しで?

 ――え、何ですって。本屋に来といて本をお探しでない、と。じゃあ一体何を探しに来たのさ。

 KAC? ははあ、なるほどねえ。面白いイベントもあったもんだ。

 それで、君はそのネタ欲しさにに来たと。

 まぁ、確かにこの店には古今東西、世界の境界すらすっ飛ばしてあらゆる書物が集ってるからね。ネタ探しにはちょうど良いかもしれない。

 で、第一回目のお題は何なんだよ。勿体ぶらずに教えてくれたまえ。


 ほう、『本屋』。

 良いねぇ、非常によろしい。

 まるでワタシと、この店のためにあるようなお題じゃないか。

 わかったぞ、だから君は来たんだな。


 、と。


 いや、良いよ。構わない。好奇心が旺盛なのは物書きとして、結構なことだ。

 とはいっても、ワタシも君がどうやってここに来るかは知らないんだよ。

 ここに来る方法なんて無数にあるからね。むしろ君、いつもどうやってここに来てるんだい?

 夢の中? ふーん。じゃあ君は、店のことを考えて寝たらここに来れるんだ。便利だねえ。


 ああ、すまない。話が脱線した。

 この店のことについて、ね。確かどこかの世界で記事にされてたな……あったあった、これだ。

 何分、ワタシは書物としての形にされないと情報ネタとして語れないからさ。



 では、改めて。

 本日ご紹介する物語は、貴方の元にも現れるかもしれない不思議な本屋。タイトルは《隙間書店》、でございます。


 ◆◇◆◇



《隙間書店》


 古往今来、洋の東西を問わず、あらゆる書物が揃う本屋があるという。

 あったかもしれない未来、潰れてしまった過去、分岐したあらゆる並行世界。

 あるいは、まったく異なる世界の書物。

 そういったものが際限なく詰め込まれた本屋だ。

 過去の英雄が記したかもしれない日記から、未来の大作家がどこかの未来で書いた物語。異世界の王が封じた召喚の儀式書もあるかもしれない。

 店主は定まった形を持たず、来訪者の望む姿で現れると言われている。確かなのは、この人物の頭には膨大な書物の情報が、全て入っているということだけだ。


 店の場所はどこにでもあって、どこにもない。あらゆる時間が混ざり合い、揺蕩う時空。

 ソコに行くための条件はたった一つだけ。


 ――本を愛すること


 それさえ満たせば、いつかその本屋は読者キミの前に入り口を開くだろう。


 ◆◇◆◇



 語り終えた店主は、紅唇を歪めてニヤリと笑った。

 フレームレスの丸眼鏡に、日光とは無縁そうな白い肌、ひっつめにした黒髪。装備品は、深緑のエプロンと腰のハタキという、およそ人の考えつく「書店員」という要素をごちゃ混ぜにしたような男だった。

 あるいは、私のイメージをこの男(かどうかも怪しい)が勝手に汲み取っているのかもしれない。

 彼の背後には、膨大という言葉すら可愛く見えるほどの大量の書物が収められた書架が並んでいる。どこまでの高さがあるのかは分からないが、上の方が霞んで見えないくらいと言えば、少しはその巨大さが伝わるだろうか。奥行きも同様で、その先は地平線の彼方まで続いている。もちろん、棚の中にはびっしりと隙間なく本が詰め込まれていた。そんなものが、幾つも並んでいるのだ。

 いくら本を愛しているとはいえ、ここまでくれば背筋も寒くなってくる。

 男の格好と、男が座る前時代的な古い木製のレジカウンターだけが、かろうじてこの異常な空間を「本屋」として押し留めていた。

「今の物語に対するお代は……」

「いつも通りでよろしく」

 言い淀む私に、店主は嬉しそうに目を細めた。

 やっぱりか、とガックリ肩を落とした私はせめてもの抵抗を試みる。

「そもそも、今ちょっとスランプ気味で書けないからネタ探しに来たんですけど」

「知らないよそんな事情」

 私の抵抗をバッサリと切り捨てた店主は、笑顔のまま指を組んで顎をのせた。


「物語の対価は物語に決まってるだろう。――大丈夫、君が死ぬまでに一編でも”君だけの物語”を書けたなら、それが対価だ。待っているよ」

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